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2022年12月31日土曜日

Capmany

サバテの本には「カッマーニイ (211)」という興味深い表記が見える。ポイントは小さい「ッ」と大きい「イ (僕の目には大きく見える)」だ。前者は音節末子音の同化の問題と、後者は語末の硬口蓋音の表記の問題と関わる。ちなみに立石ほか (2013: 32) には「カッマーニィ」が出てるくが、こちらの「ィ」は小さい。

Alcover & Moll (DCVB) で Capmany をひくと Campmany に行けと言われる。Campmany の項には語源の説明がある:
del llatí campu magnu, ‘camp gran’. En un document de l'any 1246 es parla de la parròquia per Campo Magno («España Sagrada», xlv, 335). Com que la p seguida de m s'assimila a aquesta nasal, resulta que Campmany es pronuncia de la mateixa manera que es pronunciaria cap many; per això hi ha vacil·lació en la grafia, posant-se a vegades Campmany i altres Capmany. Ja existia aquesta confusió en el segle XIV, com ho demostra la llatinització Capite magno (en lloc de Campo magno) que apareix en un document de 1362 (ap. Alsius Nomencl. 121)
つまり、もとは camp + many なのだが、発音上 cap + many と同じになるので、中世から綴り上の混同が起きて Campmany と Capmany が併存していたということだ。

さて Campmany / Capmany の発音は «kammáɲ» となっている。最初の音節の a が弱化していない点にも注意が必要だが、[p] は現れず、長い [mm] になっているところが重要。普通に考えれば「ッ」ではなく「ン」が適当な文脈だ (setmana [sǝm'manǝ] と平行した現象)。

語末の硬口蓋音の表記問題は、以下の子音に関わる (今は後部歯茎音と言われるようになったものを含む)。印刷物やネット上で拾った表記を添えておこう:
  • [ʃ]: Baix バッシュ, Foix フォシュ
  • [tʃ]: Puig プッチ/プーチ
  • [ɲ]: Capmany カッマニ/カプマニ/カプマニィ/カプマニー, Fortuny フォルトゥーニ/フォルトゥーニー/フォルチュニィ
  • [ʎ]: Llull リュイ/リュル/リュリ, Güell グエル/グエイ

実際どんな表記が行われているかを見てみると、[ʃ] は「(「ッ」)シュ」、[tʃ] は「チ」が一般的のようだ。[ʃ] 「シュ」のウ段と [tʃ] 「チ」のイ段の違いは興味深いが、英語の cash 「キャッシュ」 vs. catch 「キャッチ」との平行性もあるので、それが日本語話者の聞こえ方に沿った表記なのだろう。[ʃ] の前に小さい「ッ」が聞こえるのも想像しやすい。「シュ、チュ」か「シ、チ」に統一すれば体系上はすっきりするが、そこまでする必要もないだろう。

[ʎ] については、側面音性と硬口蓋性から考えれば「リ」か「リュ」が候補になるが、近年「イ」が一般的になっている。この「イ」の出どころは良く分らないが、聴覚印象的には「リ」や「リュ」よりも「イ」が近いとは言える。僕は日本語話者にとっての聞こえを重視する表記に対して距離を置くので、体系性の点から反対するのが筋なのだが、まあこれでも良いかなと思っている。もともと環境によって [ʎ] ではなく [j] になる変種がある (ieisme històric) こととか、近年都市部で起きている非側面音化の ([j] になる) 動き (ただし「正しい発音」とは見做されていない) があるというのとは一応独立した話だが、この変化を見越した未来志向のカナ表記かもしれないというのはもちろん冗談だ。なお、「リュル」や「グエル」はカスティリャ語的発音がベースになっているのだろう。これを採用する理由は見つからない。

で [ɲ] だが、体系性の観点からは「ニ」か「ニュ」が考えられる。ざっと見渡したところ「ニュ」は見当たらないので、「ニ」で良いだろう。ただ、「ニ (ー)」は多いのだが、たとえば Fortuny は有名な画家なので、カスティリャ語風の発音がもとになっているのだと考えた方が良い。カタルニャ語の語末の -ny の表記で近年多いのは小さい「ィ」を足した「ニィ」の方だ。僕は、この「ィ」は余計だと思うので採らない (大きい「イ」を加えた「ニイ」は言わずもがな)。

カナ表記での子音表記は、他の言語の場合も含めて眺めてみると、基本的にはウ段の文字が使われている (外来語として入った時期によってはイ段のものもある)。そうでないのは t, d の「ト、ド」と、硬口蓋系の子音に当てられるイ段の文字だ。上に挙げた英語からの「キャッチ」やカタルニャ語からの「プッチ」、スラブ系の軟子音 (最近よく見る「ベラルーシ」「マリウポリ」とか) がその例だ。今問題にしているカタルニャ語の [ɲ] と [ʎ] も大体イ段で表現されている。つまり「プッチ」が「プッチィ」でなく「プッチ」で充分なように、「カンマニ」は「カンマニ」で過不足なく硬口蓋子音を表現できているのだ。「カンマニィ」はむしろ「カンマニー」と読まれかねない。この表記を考えた人はもしかしたら「ニュ」にヒントを得たのかもしれないが、「ニュ」はウ段の音を表すための表記なのであって、既にイ段の表記として問題のない「ニ」に何かを付け加える意味はないのだ。

そう言うと、いや [ni] とは別の [ɲi] を表わすためだ、と言う人がいるかもしれない。しかし、イ段には直音と拗音の区別がないのだから、そこを無理に書き分ける必要はない。「ニィ」は硬口蓋性を示唆するどころか「ニー」や「ニイ」を引き起こす可能性のある、どう見てもメリットの無い表記なのだ。

ちなみに、イ段の口蓋性/非口蓋性を書き分ける試みとして口蓋音の「チ、ジ」に対する非口蓋音の「ティ、ディ」があって、これは音韻的にも区別している人が多いだろう。これはもう日本語の音韻体系の中に組み込まれていると言ってよいが、重要なのは、2文字で表わされているのは非口蓋音の方だということだ。また、「シ」に対する非口蓋音の「スィ」があって、表記としてはある程度定着しているが、僕は「スィ」を見ると「スイ」と発音したくなる。いずれにせよ、ここでも2文字で表現されているのは非口蓋音だ。なぜかと言うと、日本語イ段音の子音は口蓋性を持つ。「ニ」も音声的には [ni] よりも [ɲi] に近い。だから、仮に [ni] と [ɲi] を書き分けるのであれば、口蓋音の [ɲi] には「ニ」を、非口蓋音の [ni] には「ヌィ」とかを当てるのが日本語の音韻的・表記的体系性を重んじたやり方だ。

というわけで、Capmany は「カンマニ」が良い。

さて、今まで語末子音の話をしてきたが、[ɲ] が厳密には語末でない面白い例がある。Companys だ。
新しく誕生した共和国議会で、カタルーニャ選出議員団のリーダーとして、カタルーニャ自治憲章の成立に尽力したのがリュイス・クンパンチ (1882~1940年。リュイス・クンパニィスと表記されることが多いが、実際の発音に近い表記ではクンパンチとなる) である (立石ほか 2013: 298)

単純に考えれば Companys の発音は [kum'paɲs] になるはずだ (https://ca.wiktionary.org/wiki/companys)。それをそのままこのブログのシステムで転写すると「コンパニス」になる。引用にある「クンパニィス」も、そういうシステムにおける単純な転写だ。しかし、立石ほかによれば、実際の発音は「ンチ」に近いのだという。どういうことか。

ここには同化という現象が関わっている。Prieto (2014: 169) によれば、カタルニャ語では後ろの子音が前の子音に影響を与える逆行同化の例は多いのだが、順行同化は少ない。その少ない順行同化の例が、クンパンチと関係する。
En canvi, en català hi ha pocs casos d’assimilació pregressiva: un exemple n’és la palatalització total o parcial de -s quan va darrere segments palatals: la -s final de fills i banys es pot realitzar fonèticament com a palatoalveolar [ʃ] o com a postalveolar [s] (Prieto 2014: 169)

この説明によれば Companys は [kum'paɲʃ] や [kum'paɲs] という発音になり得る。[ɲʃ] だと「ンシ (ュ)」ぐらいじゃないかと思う人も多いだろうが、多分 [ɲ] から [ʃ] に移行するときに渡り音が発生して [ɲtʃ] に近く実現されることがあり、それが「ンチ」に聞こえるのだろう。僕は Companys で確認したことはないが、anys, menys で「アンチュ」「メンチュ」みたいなのを聞いたことがある。「クンパンチ」を支える言語現象は確かに実在するわけだ。

しかし、ご想像どおり、僕は「コンパニス」の方が良いと思う。ひとつには、「聞こえるように表記する」ことの問題がある。たとえば英語の Charles を「チャーウズ」と表記したい人が出てきたらどうするのか。フランス語の France を「フゴーンス」と書く人がいたらどうするのか。この問題を解決するのは体系性だ。英語の母音が続かない l を「ウ」で、フランス語の r をガ行で、[ɑ̃] を「オ (ー) ン」で書くのであれば、表記法として検討の対象になるだろう。同様に、カタルニャ語の順行同化による s の口蓋化を「チ」で表すシステムを考えることは可能だ。それに従えば、例えば Arenys は「アレンチ」、Cabrenys は「カブレンチ」、Domenys は「ドメンチ」、Morunys は「モルンチ」、Tivenys は「ティベンチ」になるだろう。この口蓋化は [ʎ] の後でも起るから、サバテの本で「バイス (76)」と書かれている Valls は「バイチ」とか「バルチ」とかになるだろうか。しかし、体系全体の問題として、-nys, -lls の s を別扱いにするメリットがあるのかどうか考える必要はある。

一方、Prieto によればこの現象は必ず起こるわけではない («es pot realitzar»)。つまり「チ」に聞こえることもあるが、そうでないこともある。「シ (ュ)」かも知れないし「ス」に聞こえるかもしれない。ならば、「チ」を採用する意味はない。ただ、体系的には s の前の ny をどう表記するかという問題は残る。「ンチ」の「ン」は、母音がないことを示す効果のある表記なので、口蓋性は諦めて「コンパンス」にするという手もあるわけだ。とは言え、ここでも何故 -nys だけ別扱いするのかという話になる。いっそのこと Capmany も口蓋性の表示を諦めて「カンマン」にするか?

今回もだらだらと書いてきたが、カナ表記に関する僕の立場についてまとめ的なことを言えば、こんな感じだろうか:
  • 体系性、簡便性を重視する
  • カナ表記の体系に無理をさせない
  • カナ表記を日本語として読んだときにオリジナルの音に似ている必要はない (オリジナルが再現できるという幻想を捨てる)

あ、あと、ネット上で「リュイス・コンパニュス」を見つけた。ついでに Manuel Valls i Gorina を「マヌエル・ヴァリュス・イ・グリナ」と書いている例も。硬口蓋子音をウ段で表記する選択肢が消えたわけではない。

  • Alcover, A. M. & Moll, F. de B, Diccionari català-valencià-balear, https://dcvb.iec.cat/
  • Prieto, Pilar, 2014, Fonètica i fonologia. Els sons del català, Editorial UOC, primera edició en format digital (edició Google Play).
  • フロセル・サバテ (著), 阿部俊大 (監訳), 2022, 『アラゴン連合王国の歴史』, 明石書店. (Sabaté, Flocel)
  • 立石博高 & 奥野良知 (編著), 2013, 『カタルーニャを知るための50章』, 明石書店.

2022年12月27日火曜日

Xixona

前回ちょっと触れた地域差の話。

カタルニャ語の正書法で語頭の x は大雑把に言って東では [ʃ] に対応し、西では [tʃ] に対応する、という記述を紹介した。それを意識したのか、『アラゴン連合王国の歴史』には「チチョーナ (32)」と「チャティバ (353)」という表記が見える。それぞれ Xixona と Xàtiva に当る。どちらもバレンシアの地名だ。

しかし、バレンシア出身の知り合いに聞いたら Xixona は [ʃi'ʃona] (o は狭い) という答えだった。そして、IEC (2018: §2.2.2) には小さい字で次のように書いてある。
Tot i que en aquests parlars la fricativa sorda [ʃ] no s’usa en general en posició inicial de mot, sí que apareix en alguns casos, especialment en mots d’origen aràbic, com ara xaloc, xarop, Xàbia, Xàtiva o Xixona i, en alternança amb l’africada, en algun mot més, com xeringa.

音も聞けるので、是非確かめて欲しい。また、Alcover & Moll の DCVB には発音表記があり、Xàtiva は «ʃátiva, ʃátiβa, ajʃátiβa (val.)»、Xixona は «ʃiʃóna (val.)» となっている。カナにしたら「シャティバ」「シショナ」だろう。

まあ、ちゃんと調べましょうということだが、それはそれとして、地域差を (どこまで) カナ表記に反映させるかという問題はかなり面倒だ。地域差を考慮せずに「標準語」の発音で通すという選択肢を一旦忘れることにすると、地名ならその土地の発音を採用するという方針を立てることが可能だが、ちゃんと調べられるのか。Xixona や Xàtiva は複数の文献から [ʃ] が確認できた。Xerta というカタルニャの町については DCVB が «tʃɛ́ɾta (occ.)» としていて、さらには Xerta の役所のホームページに行くと実際の発音を聞くことができる (https://www.xertatour.com/: ひろい e がひろくて僕の耳には「チャルタ」に聞こえる)。だが、こんな例ばかりではないだろう。

人名はどうか。たとえば Xavier の最初の音は IEC (2018, §2.2.2) の記述によれば東では [ʃ]、 西では [tʃ] になる。つまり「シャビエ」と「チャビエ」になるだろう。一方 Acadèmia Valenciana de la Llengua (2006: 42) には Xavier が [ʃ] だと読める記述がある。バレンシアでは語末の r を発音するようだから、「シャビエル」になるだろうか。Viccionari (https://ca.wiktionary.org/wiki/Xavier) には [ʃ] の発音だけが載っている。記述が一致していない上に、どの Xavier が「シャビエ」で誰が「チャビエ」でどの人が「シャビエル」だと判断するのか (「チャビエル」がいないと断言できるのか)。本人の出身地が分れば確定するのか。本人の発音が優先されるのか、一般的な呼ばれ方を採るのか。

もちろん問題は [ʃ] と [tʃ] の違いだけではない。語末の子音に関しては、バレンシアでは他の地域では発音しない音が発音されるということが多い。Xavier の r はその例だが、Alacant の t もそうで、これはバレンシアの地名だから「アラカント」とすべきだろうか (https://ca.wiktionary.org/wiki/Alacant)。サバテの本で「アジェー (151)」になっている Àger はウィキペディア (https://ca.wikipedia.org/wiki/Àger) によれば ['ajʒe] なので「アイジェ」だろうか。だが「アイジェ」と書いて読者は Àger に辿り着けるのだろうか (辿り着ける必要があるとして)。

だらだらと書いてきたが、今回は特に結論があるわけではない。面倒だな、ということを確認して終えることにしたい。

  • Acadèmia Valenciana de la Llengua, 2006, Gramàtica normativa valenciana, Acadèmia Valenciana de la Llengua.
  • Alcover, A. M. & Moll, F. de B, Diccionari català-valencià-balear, https://dcvb.iec.cat/
  • Institut d’Estudis Catalans, 2018, Gramàtica essencial de la llengua catalana, https://geiec.iec.cat/
  • フロセル・サバテ (著), 阿部俊大 (監訳), 2022, 『アラゴン連合王国の歴史』, 明石書店 (Sabaté, Flocel)

Bernat Metge

フロセル・サバテ (Flocel Sabaté) 『アラゴン連合王国の歴史』。いただき物で、特に興味があって読んだわけではないのだが、予想以上に面白かった。今まで持っていたカタルニャに対する何となくのイメージと異なる記述が随所にあって、勉強になった。読みにくい学術翻訳調の日本語も、途中から慣れてくるし、すみずみまで理解しようと頑張らなければ、たとえば「諸身分が表象されるのは、その言葉の意味でも、またその進展を考えても、諸権力同士が関係しあう場においてである (215)」とかも読み飛ばせば良い。

さて、本の内容から当然予想されるように、カタルニャ語固有名詞のカナ表記が頻発する。そこで、ご無沙汰していた表記問題に戻ることにしたい。

Batlló (https://vocesenredadas.blogspot.com/2019/10/batllo.html) の記事では「カタルニャ語の固有名詞をカナ表記するのに「ー」は無くても困らないが、「ッ」はあった方が良いと思う。使える場面はだいたい次の3つだろうか」と書いた。以下がその3つ:
  1. 長子音
  2. 母音間の破擦音
  3. 語末の閉鎖音・破擦音

一応、第1点については当時論じたので、今回は2と3を取り上げる。

タイトルの人物は、本では「バルナット・メッジャ (194)」と表記されている。Bruguera (1990) の情報から、音声的には [bǝr'nat 'medʒǝ] で、このブログは5段式を採用しているので「ベルナット・メッジェ」になるが、最初の「ッ」は3、後のやつは2の例だ。

まずカタルニャ語における破擦音について確認しておこう。Institut d’Estudis Catalans (2018: §2.2) の表には /tʃ/ と /dʒ/ が見えるが、注には [ts] と [dz] は音素としては認めないので表に含めないとある (IEC は [t͡ʃ] のように結合記号を使っているが、入力が面倒なので省く)。一方 Recasens (1991: 173) の表に破擦音は含まれないが、[tʃ, dʒ, ts, dz] にはそれぞれ /t + ʃ/, /d + ʒ/, /t + s/, /d + z/ と解釈される場合 (tots) と1音素と解釈される場合 (バレンシアの x-) があると言う (174)。いずれにせよ、音声的にはこれらの破擦音が存在する。というわけで、これ以降は [] で囲って示すことにする。

綴りとの対応は、西と東で異なる。IEC (2018: §2.2.2) の例を参考にまとめてみよう。カッコで (西: ) とした例は、東では摩擦音になる。
  • [tʃ]: txec, cotxe, despatxar, boig (西: xafardejar, panxa)
  • [dʒ]: fetge, mitja (西: ginebra, jardí, menjar, (val: rajar))
  • [ts]: tsar, potser, tots
  • [dz]: tzatziki, dotze, atzar

この地域差はカナ表記にとって面倒な問題を引き起こすが、それについては稿を改めて論じたい。今は、東西共通して破擦音が現れる環境に注目しよう。

さて、母音間の [ts, dz] について Recasens (1991: 212) は次のように述べている。

En català central (Arteaga, 1908), ross., mall., men. i cat. n.-occ., el primer element d’una africada intervocàlica és emès amb oclusió de durada llarga; la realització amb oclusió curta deu ser relativament recent i s’explica probablement per factors extralingüístics (influència del castellà). Per altre banda, valencià i eiv. solen emetre l’africada amb element oclusiu curt (Lamuela, 1984; també, Sanchis Guarner (1949) a Aiguaviva); sembla, però, que hi ha africada amb oclusió llarga en alacantí i alguerès.

やはり地域差があるわけだが、大雑把に言って東ではもともと閉鎖が長く、短い発音はカスティリャ語の影響が考えられるという。また、[tʃ, dʒ] についても似たような記述をしている (214)。長いということは、「ッ」が聞こえるような音だということだ (コッチェ、デスパッチャ、フェッジェ、ミッジャ、ポッツェ、ドッゼ、アッザ)。したがって Metge は「メッジェ」でちょうど良い。映画祭で知られる Sitges は日本では「シッチェス」で通っているが、「シッジェス」になる。このシリーズのきっかけになった Montsalvatge の「モンサルバッジェ」もこれで説明できた。ついでにこれで摩擦音との区別もつく (Bages ['baʒǝs] バジェス)。

サバテの本には「ウジェー Otger (264)」が出てくるが、これも「オッジェ」ということになる。ただし、破擦音が強勢の直後でない場合は「ッ」を入れないという選択も有り得るだろう (デスパチャ、ポツェ、アザ、オジェ)。この場合、「ザ」が [za] なのか [dza] なのか、「ジェ」が [ʒe] なのか [dʒe] なのか判別ができなくなるが (ロジェ Roger vs. オッジェ/オジェ Otger)、たいした問題ではない (バレンシアのように Roger の ge も破擦音になる変種もある)。破擦音が短い西の発音を考慮に入れて「ッ」を全く使わないという選択だって有り得る (コチェ、フェジェ、ミジャ、ドゼ)。

3番の語末の閉鎖音・破擦音はより単純な話だ。閉鎖音だと Llop 「リョップ」、Montserrat 「モンセラット」、Vic 「ビック」、破擦音は Busquets 「ブスケッツ」、Puig 「プッチ」という具合。語末・音節末の子音字に関してはまだ述べるべき点があるけれど、「ッ」との関連では大体こんなところだろうか。

最後に、破擦音ではないけれども母音間の子音で「ッ」が聞こえる場合について補足しておこう。サバテの本には Vilagrassa に対して「ビラグラッサ (76)」と「ビラグラーサ (184)」の二様の表記が見えるのだが、確かに母音間の [s] は長く聞こえることがある。特に massa とか、強勢のある [a] の後に [sǝ] が続く場合にそうなるような気がする。「ビラグラサ」で十分だが、まあ、「ッ」を入れたい人は入れても良いんじゃなかろうか。

  • Bruguera i Talleda, Jordi, 1990, Diccionari ortogràfic i de pronúncia, Enciclopèdia Catalana.
  • Institut d’Estudis Catalans, 2018, Gramàtica essencial de la llengua catalana, https://geiec.iec.cat/
  • Recasens i Vives, Daniel, 1991, Fonètica descriptiva del català, Institut d’Estudis Catalans.
  • フロセル・サバテ (著), 阿部俊大 (監訳), 2022, 『アラゴン連合王国の歴史』, 明石書店 (Sabaté, Flocel)

2019年10月6日日曜日

Poblet

前回、poblet に見られるような -bl- [bbl] について「ッ」を使わなくて良いだろうと書いた。書いた後に、不正確な記述があることに気づいたので、訂正しながら補足したい。

Batlló [bǝʎ'ʎo] と allò [ǝ'ʎɔ] に見られる -tll- [ʎʎ] と -ll- [ʎ] の違いは綴りだけのものではなく、発音の違いを反映している。この発音の違いは、個人的なものとか周りの音によるものではない。音韻的な違いだ。カナ表記で原語の音韻的差異を全て表現しようというのは非現実的 (例えば l と r) だが、この場合は「ッ」の使用で簡単に実現できる。

一方、poblet [pub'blɛt] の [bbl] は、この音環境で自動的に現れる発音で、[bl] との音韻的対立がないので、音声あるいは聴覚印象に合わせて「ポッブレット」と書く必要はなく、「ポブレット」で十分だろう、というのが前回書いたことなのだが、事態はそれほど単純でないということが分かった。

Institut d’Estudis Catalans (2018: §2.3.4) によれば:
En la major part dels parlars orientals i nord-occidentals, la consonant oclusiva dels grups /bl/ i /ɡl/ pot presentar geminació de la consonant oclusiva quan es troben darrere de vocal accentuada en posició final del radical, tant si van seguits d’una marca flexiva (cobla, reblar [bbl]; arreglen, regla [ɡɡl]) com d’una vocal de suport (doble, poble [bbl]; regle, segle [ɡɡl]). Els derivats d’aquests mots i les seves formes flexionades es comporten de la mateixa manera, encara que aquest grup no es trobi immediatament després de l’accent: coblaire, publicar, poblet, doblarem [bbl]; arreglessin, reglament [ɡɡl].
ということで、説明と例が合っていないやつがあるけれども、基本的には /bl/ や /gl/ が語根末にあってアクセントのある母音の後だと長子音化が起き (poble ['pɔbblǝ])、そういう語の変化形や派生語でアクセントが移動しても起こる (poblet [pub'blɛt]) というわけだ。逆に言えば、同じ母音間の -bl-, -gl- であっても、長子音にならない例がある:
No hi ha, en general, geminació ni ensordiment de la consonant oclusiva en altres contextos, això és, en posició pretònica, quan no es tracta de formes derivades dels mots que fan geminació i quan el grup no es troba en el límit del morfema: oblidar, ablació; negligir, aglà. (ibid)

結局、[bbl] や [ggl] の出現は純粋に音環境 (母音間) によって起こるのではなく、形態論的あるいは語彙的な条件が関わっているということだ。この点が前回不正解だったところ。自動的な音声現象ではないので、publicar [pubbli'ka] vs. sublimar [suβli'ma] のような音韻対立ありげなペアを見つけることもできる (ただし、今の音韻論がここに対立を見るかどうか、/pubbl/ vs. /subl/ という音素連続を措定するかどうかは分からない)。

なので「ポッブレット」には音韻的支えがある程度あることになる。さらに、「ポッブレット」は pobulet とか pobret という綴りではないことを示すことができるというメリットもある。

とは言え、この [bbl] と [bl] の違いは綴りに反映されないから、bl を見たら「ッ」を入れろ、というわけにはいかない。入れるかどうかを知るには、どの語が長子音でどの語が短子音かを見極める必要がある。また、長子音化はカタルニャ語圏全体で起こる現象ではない。
Aquests processos no es donen en la part més meridional de l’oriental i del nord-occidental ni en valencià, en què la /b/ i la /ɡ/ es pronuncien com a aproximants ([β] i [ɣ], respectivament). (ibid)

だとすると、ルールとしては -bl-, -gl- には「ッ」を入れないとする方が無難だろう。個人的には、「ポッブレット」という字面はカタルニャ語っぽい気がして好きだけれども。


  • Bruguera i Talleda, Jordi, 1990, Diccionari ortogràfic i de pronúncia, Enciclopèdia Catalana.
  • Institut d’Estudis Catalans, 2018, Gramàtica essencial de la llengua catalana, https://geiec.iec.cat/

2019年10月5日土曜日

Batlló

カタルニャ語の固有名詞をカナ表記するのに「ー」は無くても困らないが、「ッ」はあった方が良いと思う。使える場面はだいたい次の3つだろうか。

  1. 長子音
  2. 母音間の破擦音
  3. 語末の閉鎖音・破擦音

今回は長子音 (重子音) を見てみたい。固有名詞で例が思いつかない場合が多いので、そういうときは普通名詞その他を使って説明することにする。なお、発音表記は、特に断らない限り Bruguera 1990 に従う (ただし、強勢の表記の仕方は変えてある。Bruguera は母音の上にアクセントを書いているが、この記事では音節初頭に ' を置いている。従って、音節境界の解釈が Bruguera と異なっている可能性がある)。ということで、音声表記は東部式、カナは5段式ということになる。

カタルニャ語の長子音は、同じ文字が並んでいて一目瞭然なものと、文字の組み合わせと発音についての知識が必要なものに分かれる。それから、「ッ」で表すのが適当なものとそうでないものという分類もできる。例えば Emma ['ɛmmǝ] の mm は一目瞭然、setmana [sǝm'manǝ] の tm は知識が必要だが、どちらも「ッ」ではなくて「ン」を使うのが無難だ (「エンマ」「センマナ」)。

一目瞭然で「ッ」の出番がありそうなのは vil·la ['billǝ] とかに出てくる l·l [ll] だ。厳密には同じ文字が並んでいるわけではないが ll が [ʎ] を表すので、区別のために点が間に入っている。これは「ビッラ」で良いんじゃなかろうか。

さて、一目瞭然じゃない方は、例えばタイトルに挙げた Batlló がそうだ。Bruguera 1990 に Batlló は項目として拾われていないが、bitllet [biʎ'ʎɛt] に見られるように、tll が [tʎ] ではなくて [ʎʎ] と発音されるということは広く知られている。Institut d’Estudis Catalans (2018: §2.3.7) によれば «El procés [d’assimilació] explica que en posició interior de mot resultin forçades les seqüències d’oclusiva seguida de nasal o lateral amb un lloc d’articulació diferent: atles, atlàntic [ll], ètnic, vietnamita [nn], ritme, setmana [mm], bitllet, butlletí [ʎʎ]» で、必ずそうなるとは言っていないのだが、なるのが自然だと読める。

その知識を使えば Casa Batlló が ['kazǝ βǝʎ'ʎo] になることは見当がつく。なので「カサ・バトリョ」と書かれることもあるあれは「カザ・バッリョ」になる。ちなみに Wikipedia では「カサ・バトリョとはスペイン語 (カスティーリャ語) 発音による[要出典]」となっていて、僕もぜひ出典が知りたいと思う。無理やり t と ll を発音しようとするカスティリャ語話者がいてもおかしくないが、上手くできるかどうか。ちなみに山田ほか (2015) には Batlle y Ordóñez という項目があり、発音は ['baʎe] という短子音表記になっている (カナ書きでは「バッジェ」)。

さて、setmana の [mm] も Batlló の [ʎʎ] も、同化によって長子音が生じる (そして t を発音しない) ことが綴りから分かる。Batlló [bǝʎ'ʎo] 「バッリョ」の長子音と allò [ǝ'ʎɔ] 「アリョ」の短子音の違いも見て分かる。

それに対して -bl-, -gl- が [bbl], [ɡɡl] と発音される現象もよく知られているが、同化による長子音ではない。例えば poblet [pub'blɛt] に見られる [bb] は、短子音との対立がない。なので、これは律儀に「ポッブレット」にしなくても良いのではないか。Monestir de Poblet に対してウェブ上で「ポブレー修道院」という表記が見られて、最後の -t は表記すべきだが、「ポブレット修道院」で十分な気がする。

  • Bruguera i Talleda, Jordi, 1990, Diccionari ortogràfic i de pronúncia, Enciclopèdia Catalana.
  • Institut d’Estudis Catalans, 2018, Gramàtica essencial de la llengua catalana, https://geiec.iec.cat/
  • 山田善郎ほか (監修), 2015, 『スペイン語大辞典』, 白水社, iOs版 ver. 1.0.2.

2019年9月21日土曜日

Vocal àtona

前回までカスティリャ語のカナ表記について書いてきたが、もとはと言えばカタルニャ語の固有名詞をどう表記するかという話をしていたのだった。今回は Montsalvatge (3) で論じたことを補足して、先に進む準備をしたい。

カタルニャ語の無強勢母音体系は、大きく西部 (5母音体系) と東部 (3母音体系) に分かれる。バルセロナの方言は東部に属するので、伝統的に後者の体系が標準的と見なされてきた。その体系を単純にカナに対応させた3段式に従えば、Barcelona は「バルサロナ」となる。一方、綴りも考慮に入れた5段式では「バルセロナ」になる。5段式は西部の体系の素直な転写と重なるが、西部式ということではなくて、綴りを考慮した汎カタルニャ語圏的な方式だということは確認しておきたい。

木村 (1989: 193) は「原語のスペリングがわかるような書き方」が「スペイン語よりもむしろ英語、ポルトガル語のような母音弱化の著しい言語の表記において問題になる。たとえばポルトガル語の川の名 Douro の語末の -o は弱化して [u] と発音されるが、だからと言ってこれを「ドウル」と表記するよりは、スペリングを尊重して「ドウロ」と書いた方が、実用的である」と言う。ここで実用的というのは、元の綴りが分かって便利だということだろうか。なお、彌永 (2005) は「o (/u/, /o/, /ɔ/) は一律に「オ」と表記するという原則に立つ (167)」という点で木村と一致するが、「かつての二重母音 /ow/ は、短母音 /o/ に置き換わり、現代の標準的な発音では姿を消しました。[...] しかしながら、二重母音を保っている方言もあり、注意深い発音では、二重母音で発音することもあります (35)」と述べ、「無強勢の ou には「オ」、「オー」あるいは「オウ」、強勢のある ou には「オー」をあてる表記がよいと思われます (172)」としていて、それに従えば Douro は「ドーロ」になる。

彌永 (2005: 166) の「先人が行ってきた方法は、 [...] ポルトガル語の語を可能なかぎりローマ字表記された日本語と見立てて翻字してしまう方法と言って良いでしょう。原音を離れるかもしれませんが、この方法によって、ポルトガル語の方言的変異をはじめ、さまざまなポルトガル語のありかたを排除したカタカナ表記が可能になり、元のポルトガル語がすぐに頭に浮かぶ表記が行われてきました」という観察は興味深い。音声学・音韻論を知っているからこそ出来る、「原音」離れに対する評価かもしれない。

話が少しずれた。木村が英語やポルトガル語について言っていることがカタルニャ語にも当てはまることは今更説明する必要もない。元綴りの復元可能性については、特にウ段の使用が事をややこしくする。例えば Coromines を3段式で「クルミナス」と書いたとしよう。元の綴りを知らない人にとっては「クル」が coro なのか curu なのか、coru なのか curo なのか、あるいは cro なのか cru なのか、はたまた cor なのか cur なのか分からない。

また少しばかり脱線するが、ここで思い出すのはフランス語の ou に対応するカナ表記が「ウー」であることだ。僕は長年、例えば「ブールヴァール」に2個も「ー」が出てきて間延びするなぁと思っていたのだが、綴りの復元性から意味のある「ー」だということに気づいた。元綴りは boulevard だが、「ブー」が少なくとも b や be ではないことが分かるのだ。もちろん、真似してカタルニャ語で「クールーミナス」と書けば良いと思う人はいないだろうけど。

話を戻すと、綴りを考慮するやり方は伝統的に特に珍しいわけではなく、「原音」を重視した表記より劣っているとも言えない。

ここで、3段式と「原音」の関係に触れておこう。Montsalvatge (3) で僕は「[u] についてはオ段の可能性もあり、日本語話者がカナ表記を発音した時により元の音に近くなる場合も考えられる」と書いた。つまり「クルミナス」よりも「コロミナス」の方が Coromines の音声により近くなるかもしれない (かどうか本当は分からないが) ということだ。また「カタルーニャ語の [ǝ] は僕の耳にはアに聞こえることが多い」と書いたが、実際にはアに聞こえないこともある。例えば Generalitat が僕の耳に綺麗に「ジャナラリタッ」に聞こえることはまずなくて、最初の音節が「ジェ」に近い発音は珍しくない。もちろん、僕の耳が綴りに引きずられている可能性はある。しかし、[ǝ] は日本語のアイウエオのどれとも異なるということは確認しておく必要がある。結局、3段式の表記は東部方言無強勢母音の3母音体系を3段のカナに対応させた音韻体系の翻訳なのであって、音声の転写ではないのだ。だから、3段式と5段式の違いは、音声と綴りという単純な対立には解消できない。少なくとも、3段式が「発音に忠実」みたいな思い込みはなくしていきたい。

次回以降、カタルニャ語の話をするときは5段式で「コロミナス」とか「ジェネラリタット」とか「モンサルバッジェ」みたいな書き方をすることにしたい。これは単なる実験で、提案とか主張とかの意図はない。まあ3段式が主流っぽいので、別のやり方もあるということを示す意味はあるかもしれない。


  • 彌永史郎, 2005, 『ポルトガル語発音ハンドブック』, 大学書林.
  • 木村琢也, 1989, 「フアンとマリーア –スペイン語固有名詞のカタカナ表記に関する二つの問題点–」,『吉沢典夫教授追悼論文集』, 191-199.

2019年9月18日水曜日

Ll / y

前回の記事で原ほかが Valladolid を「バヤドリー」と書いているのに対して僕は「バリャドリッド」等と書いた。この点について説明しておこう。

スペイン語の ll という綴りは、伝統的に音素 /ʎ/ に対応する。それに対して y が /ʝ/ を表す。例えば callar の単純過去3人称単数形 calló と caer の単純過去3人称単数形 cayó に見られる綴りの違いは、異なる発音を表す。
calló [ka'ʎo] vs. cayó [ka'ʝo]
/ʎ/ はカタルニャ語の ll (millor)、ポルトガル語の lh (melhor)、イタリア語の gli (meglio) に対応する音でもあり、伝統的にリャ行で表記される。それに対して y に対してはヤ行が使われる。

しかし現在では /ʎ/ と /ʝ/ の区別を保っている話者は少数派で、calló も cayó も同じ発音になる人の方が多い: «El más extendido en el español actual es el subsistema no distinguidor entre /ʎ/ y /ʝ/ (RAE & ASALE 2011: §6.2a)»。僕も自然な発話で区別を保っている人の喋りを聞いたのは本当に数えるほどだ。区別をしない人の発音は、ll が y に合流する形になるので、この現象を yeísmo と呼ぶ (y の発音自体は地域によって [j, ʝ, ʒ, ʃ] など色々なのだが)。

この yeísmo が一般化した状況を踏まえて、原ほか (1982: vi) は次のようなルールを立てる。
ll, y はヤ行のカタカナで表記する。lli, yi は「ジ」とする。ただし、19世紀までの人名などについては、ll + 母音はリャ、リ、リュ、リェ、リョとする
Castilla カスティーヤ、Viscaya ビスカーヤ、Lazarillo de Tormes ラサリーリョ・デ・トルメス
このルールにしたがって ll と y をヤ行で表記する人はそれなりの数いるのだが、実は僕はこの方法は嫌いだ。理由は、ヤ行の響きがスペイン語の ll/y に対して緩すぎると感じるからで、特に「ー」と併用されると全身から力が抜けていくような気さえする。個人的な感覚だから、全然そう思わない人がいても不思議ではないのだが、音声学的には、少なくとも僕が聞きなれているスペイン語においては ll/y の発音の子音性は日本語のヤ行のそれよりも高い。摩擦的噪音がほぼ聞こえないとしても、狭めの度合いは明らかに大きい (つまり狭い)。実際にはより狭めのゆるい [j] や音節副音母音 [i̯] が現れる地域もある (メキシコの一部など –RAE & ASALE 2011: §6.4h) ので、そういう発音に慣れた人は脱力したりしないのだろうけれど。

20世紀前半のスペインの発音に関して Navarro Tomás (1985: §120) は «la forma más frecuente en la pronunciación correcta, por lo que se refiere a la posición de la lengua, es suficientemente cerrada para que no haya duda en considerarla como consonante fricativa. La articulación de la y normal española es, en efecto, algo más cerrada que la que se observa en al. ja, jung; fr. hier, piller; ingl. yes, young» と言っている。ドイツ語やフランス語や英語の [j] の音と一緒にしてはいけないのだ。

僕は授業で ll/y の発音を「ヤとジャの中間」と説明することが多い。そういう音なので、カナ表記の候補としてヤ行の他にジャ行が考えられる。現に原ほかは lli, yi には「ジ」をあてている。ジャ行子音の方がヤ行子音よりも子音らしい子音だということは言うまでもない。また、「ヤ、ジ、ユ、イェ、ヨ」という一貫しない表記法はヤ行の弱点のひとつだが、ジャ行ならその問題もない。さらに、ジャ行なら [ʒ] の発音もカバーできる。断然ジャ行の方が有利だと思うのだが、やはり y の文字はヤ行という伝統が強かったのだろうか。

聴覚印象と言語学的根拠に基づいてジャ行を優先させたのは石橋 (2006) だ。
「y」「ll」はなるべくジャ行音に統一する。 ただし、筆者が現地の発音を聴いた経験上あえて「ヤ」行音を採用した場合もある (【例】Puerto Cabello プエルトカベージョ、Guayana グアヤナ) (石橋 2006: 20)。
場合によって使い分けているということだが、
いずれにせよ、「ジャ行音表記」「ヤ行音表記」のどちらが「正しいか」という議論はまったく無意味である。なぜならスペイン語にはこの両者の音韻上の区別が存在しないからである (ibid.)
という指摘は重要だ。正確には「スペイン語にはこの両者 (=日本語の「ジャ行音」と「ヤ行音」) の区別に相当する音韻上の区別が存在しない」ということだろうけど、言っていることは間違っていない。スペイン語の /ʝ/ の音声的実現領域が日本語の /y/ と /zy/ の音声的実現領域にまたがっているので、スペイン語人が日本語の「ヤ」と「ジャ」の区別が苦手だという現象が起きる (日本語人が l と r の区別が下手なのと同じメカニズムだ)。裏を返せば、日本語で「プエルトカベージョ」と言っても「プエルトカベーヨ」と言ってもスペイン語人の耳には大して違わないと予想できるということだ (実験で確かめたら予想を裏切る結果になる可能性はあるけれども)。その上で、石橋が基本的にはジャ行を使うことにしたのは、彼の耳にはジャ行の方がしっくり来るということだったに違いない。

さて、僕も、ll と y を区別せず表記するならジャ行が良いと思う。しかし、正直に言うと、「ジュカタン半島のマジャ遺跡」とか「ジェペスが弾いたファジャの曲」とか書く勇気が出ない。現実には、フラメンコ関係のものを書くときはジャ行で表記している (「セビージャ (Sevilla)」「バジェホ (Vallejo)」「シギリージャ (siguiriya)」「アマジャ (Amaya)」など) が、それ以外では ll と y をリャ行とヤ行で書き分ける保守的な表記を使っている。だから前回の記事で「バリャドリッド」と書いたわけだ。

一方、「イェペス (Yepes) が弾いたファリャ (Falla) の曲」的な表記は「原語のスペリングがわかるような書き方 (木村 1989: 193)」なので、それなりのメリットはある。少数派ではあるが、実際に区別して発音している人たちもいるので、音声的な現実の支えもある。従って、リャ・ヤ方式を排除する理由は特にない。

まあ、でも、折角だからジャ行で統一する実験をやってみようかな。ちょっと考えます。

  • 原誠ほか (編), 1982, 『スペイン ハンドブック』, 三省堂.
  • 石橋純, 2006, 『太鼓歌に耳をかせ –カリブの港町の「黒人」文化運動とベネズエラ民主政治』, 松籟社.
  • 木村琢也, 1989, 「フアンとマリーア –スペイン語固有名詞のカタカナ表記に関する二つの問題点–」,『吉沢典夫教授追悼論文集』, 191-199.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1985, Manual de pronunciación española, 22.ª, CSIC.
  • RAE & ASALE, 2011, Nueva gramática de la lengua española. Fonética y fonología, Espasa Libros.

2019年9月14日土曜日

Consonante final

前々回予告した、「ッ」の使い道について考えてみたい。

原ほか (1982: vii) は「語末の -d, -t は表記しない」として「Valladolid バヤドリー、Ortega y Gasset オルテーガ・イ・ガセー」という例を挙げている。しかし、これらを表記しない理由の説明はない。スペイン語を勉強したことのある人なら、語末の -d は発音しなくて良いと習ったかも知れないので特に不思議に思わないかも知れないが、規範として -d や -t を発音しないことになっている訳ではない。なので、これらをカナ表記で無視するというのは原ほかの判断による。

まず -d についてアカデミアの記述を見てみよう。

Fuera del imperativo, la pérdida de -d es hoy general en español, incluso entre las personas instruidas (paré, usté, verdá), sobre todo ante pausa, aunque muy frecuentemente se repone en el plural (paredes, ustedes, verdades). La ausencia de la /d/ en el plural, en realizaciones como parés o verdás, suele estar estigmatizada, a diferencia de las formas de singular, que se consideran coloquiales. La pronunciación cuidada recupera el alófono oclusivo o el aproximante, [la.βeɾ.'ðad] ~ [la.βeɾ.'ðað] la verdad, o un alófono aproximante relajado y ensordecido [ð̥], [la.βeɾ.'ðað̥], aunque en el área leonesa y en el centro y norte de Castilla (España), especialmente en las ciudades de León y Madrid, es muy frecuente la solución interdental: [pa'ɾeθ] ~ [pa'ɾeθ] pared (RAE & ASALE 2011: §4.7ñ).

語末の -d はそれなりの教育を受けた人でも落とすことが多い (vosotros/as に対する命令形では落とさない)。だから、授業で usté で構わないと教えるのは正当化される。しかし、それは話し言葉的な特徴であり、注意深い発音では -d が保たれる (保たれ方にはいくつか種類 –異音- がある)。この記述からは、語末の -d を表記する方が穏当のように思えるが、原ほかは一般的に見られる口語的特徴を拾ったわけだ。まあ、それはそれで一つの態度ではある。

一方、現代のスペイン語では:

Los segmentos consonánticos que aparecen en esta posición son coronales, fundamentalmente dentales y alveolares: /d/, /l/, /n/, /ɾ/, /s/ en el subsistema seseante y /d/, /l/, /n/, /ɾ/, /s/, /θ/ en el subsistema distinguidor (RAE & ASALE 2011: §8.7a)

で、語末の -t は外来語にしか現れない。そして、語末の /p/, /b/, /t/, /k/, /g/ については、発音される場合もあるし、されない場合もあり、時には子音を保った上で -e を付け加える場合もあるという (idem: §8.7c)。

興味深いのは、次の観察だ。

Existe, además, algunas voces en las que el uso ha generalizado la forma adaptada sin consonante final, como cabaré, carné o parqué, del francés cabaret, carnet y parquet, respectivamente. Este es el modo tradicional de adaptación de los préstamos que poseen la consonante /t/ en posición final de palabra: bidé, del francés bidet; caché, del francés cachet; corsé, del francés corset; chaqué, del francés jaquette. A pesar de ello, se pueden encontrar también pronunciaciones con conservación de la consonante final en algunas de estas voces (idem: §8.7c)

伝統的には -t を持つ外来語の -t を落として取り入れていた、というのだが、jaquette を除けば皆フランス語でも最後の -t は発音しない。だから、アカデミアのこの記述は、音と綴りを見事に混同した、ごくごく初歩的な誤りを含む。今の議論に即して言えば、むしろ、元の言語で発音していなかった -t を発音することさえあるという点が重要だ。発音されたりされなかったりなので、どちらかに決めれば良いということになる。原ほかの扱いは -d と同じで一貫性がある。僕は、書いてあるなら表記する方が無難だろうと思う。

原ほかが挙げている例は Valladolid と Ortega y Gasset、それから Ganivet だ (Madrid は原則通りなら -d を表記しないはずだが、慣用に従って「マドリード」を採っている)。試しに YouTube で聞いてみると、少ない例だが、これら4例の語末子音はだいたい発音されている印象だ (Gavinivet の -t を発音していない明らかな例が一つあったが)。ただ、日本語話者の耳にはその子音が聞こえないことが多いかもしれない。つまり舌先が歯に届いているけれども、その後の解放・破裂が (ほぼ) ない発音だ。

子音はあるのだが日本語人には聞こえにくい、この聴覚印象を尊重して、表記しないというのは理解できる態度だが、確かにそこにあるので、僕は特に「オルテーガ・イ・ガセー」はちょっとな、と思うのだ。

では、表記するとしたらどうするか。いくつか方法がある。

123
Valladolidバリャドリドバリャドリードバリャドリッド
Madridマドリドマドリードマドリッド
Gassetガセトガセートガセット
Ganivetガニベトガニベートガニベット

上に挙げたオプションのうち、ガニベート以外はネット上で使用が確認できる (「ガニベート」も検索すると出てくるのだが、原ページに行くと見つからない)。どれも聴覚印象や原語音から距離があるが、それはもう、子音終わりの語を表記するのであれば避けられない。語中だって「マドリー madorii」の o をどうしてくれる、という話になる。だから、どれが元の音に近いかを考える必要はないだろう。

そこで、記号の機能に注目すると、「ッ」の有用性が明らかになる。スペイン語の場合、閉鎖子音で終わる語に限って「ッ」を使えば、直後の「ド」や「ト」が do や to ではなく d や t であることを示すことが出来る。木村 (1989: 193) の「原語のスペリングがわかるような書き方をする」に沿ったやり方になるわけだ。

僕は普段「マドリード」と書く。喋るときは「マドリー」と言うこともある (スペイン語を喋るときには -d を落とすことは多分ないが)。「マドリッド」は一番馴染みのない形だが、メリットがあることが分かった。これからこれを使うようになるかもしれない。Ortega y Gasset は「オルテガ・イ・ガセット」が落ち着く。

「ッ」に子音終わりを示す機能を持たせた、別の表記法を考えることも出来る。僕の知り合いに David という名前の男がいて、彼の名刺には「ダビッ」と書いてある。これは「ダビッド」よりもオリジナルの聴覚印象に近い。悪くない方法だと思うが、難点は、どの子音で終わるかが明示されないこと。「オルテガ・イ・ガセッ」とか「アラルコス・リョラッ (Alarcos Llorach –これは k の音)」とかと区別がつかなくなる。とは言え、「マドリッド」と「バリャドリッド」の「ドリ」だって全然違う2種の発音を区別していないわけだから、大した問題ではないのかもしれない。選択肢のひとつにはなるだろう。

  • 原誠ほか (編), 1982, 『スペイン ハンドブック』, 三省堂.
  • 木村琢也, 1989, 「フアンとマリーア –スペイン語固有名詞のカタカナ表記に関する二つの問題点–」,『吉沢典夫教授追悼論文集』, 191-199.
  • RAE & ASALE, 2011, Nueva gramática de la lengua española. Fonética y fonología, Espasa Libros.

2019年9月12日木曜日

Consonante larga vs. vocal larga

前の記事にいつくかコメントをもらった。予定を変えて「ッ」対「ー」の話を続けることにしたい。

僕を含めて、大学でスペイン語を専攻したあげくスペイン語で糊口をしのぐようになった人たちというのは、スペイン語の響きに対するイメージが身体感覚としてあって、それに基づいた美意識を持っている。その美意識に合わないものを受け入れるのは難しい。もちろん、イメージや美意識には個人差があるから、「ー」を多用してスペイン語の強勢のイメージをカナ書きにマッピングしたい人もいるし、僕みたいに「ー」は自分の頭の中で響いているスペイン語と似ていないことが多いからカッコ悪いと思う人もいる。

こういうイメージや美意識は、決してスペイン語そのものに内在しているのではなくて、我々が受けた教育に大きく影響を受けている。僕らの業界内での「ッ」に対する拒否反応は、僕ら自身が思っているほど客観的な事実に基づくものではない、というのが前の記事で言ったこと。正直に告白すると、僕は「オッホ」とか「セビッチェ」とかいう表記を見ると「ああ、素人さん」と思ってしまう。この感想は、スペイン語学の専門家に「ッ」を使う人はまずいない、という社会言語学的事実の反映ではあるけれども、そのように聞いてそのように表記する人がいるという言語学的事実に向き合うことを妨げる偏見でもある。今回、この年になってようやくそのことに気づいたので、反省を込めて前の記事を書いたという側面がある。

「オッホ」と「オーホ」と「オホ」がスペイン語話者にどう聞こえるかを誰か精密に研究してくれないかなと思っているところだ。

さて、そういう経緯があるので、前回の記事は少し「ッ」に肩入れした書き方をしたかなと思う。そこで、今回は「ー」派に有利にな情報を少し書いておこう。

まず、スペイン語の強勢母音が長くない、しかも日本語話者に長く聞こえないというデータは、スペイン人の、語単独の発音に基づくものだ。Navarro Tomás の本に出ている数値は元の論文 (Navarro 1916) を見ると自分自身が単語を区切って発音していたことが分かる。安富 (1992) は明示的に説明していないが、使った録音が出版物の付属テープということで、それは僕も見た (聞いた) ことがある。多分、語単独の発音の部分を使ったのだろうと思う。

スペインのスペイン語は母音が短いというのは多くの人が持っているイメージだろう。Troya Déniz (2008-2009: 309) は、カナリアスの母音はイベリア半島のより長く、プエルトリコのより短いと述べている (それでも長母音と言えるほど長くはないと言ってはいるが)。

また、語単独の発音ではなく、実際の喋りや文の読み上げでは、イントネーションや強調などの影響を受けて、母音の長さも変わり得る。«Digo la palabra ...» みたいなのの読み上げも含めて、単純に単独の語だけではない発音を材料にした研究で、強勢母音が無強勢母音より長いという報告をしているのは、Marín (1994-1995)、Cuenca (1996-1997)、García (2016)。この最後の García は、ペル (!) のアマゾン流域の方がリマよりも母音が長いとも言っている。また、語単独の発音だが、Krohn (2019) がコスタリカの発音について強勢母音が無強勢母音より長いと報告している。

ちょっとgoogleaっただけで見つかった論文がこういう結果を出していて、なあんだ、という感じではあるが、あくまで無強勢母音よりちょっと長いという話。「ー」を使いたくなるかどうかは、やはり人によるだろう。

というわけで、「ー」も「ッ」も現実をある程度反映していると言えるだろう。各自 (使うのであれば) 好きな方を使えば良いと思う。

あと、気持ちが入った発話だと臨時的に母音が長くなるという現象もある。ただし、これは強勢母音だけではなく、最後の無強勢母音が長くなることが多い。表記にもそれは反映されていて、ちょっと検索してみると «qué riiico» が81,900件、«qué ricooo» が895,000件、«qué riiicooo» が35,900件と、表記の点では最後の母音だけ伸ばすのが圧倒的だ。ちなみに «qué riiicccooo» は247件。

子音を長くするのは、僕の印象だと語頭で起こることがある。検索すると、こんなのが見つかった (セサル・アイラの Cómo me hice monja)。母音の引き伸ばしの例もふんだんにあるので、ちょっと長めに引用するが、子音のは最後の行に出てくる。

–Dingan “sí señorita”.
–¡Sí, señorita!
–¡Más fuerte!
–¡¡Síí seeñooriitaa!
–Digan “ñi sisorita”.
–¡Ri soñonita!
–¡Más fuerte!
–¡¡Ñoorriiñeesiireetiitaa!!
–¡Mááás fueeerteee!!
–¡¡Ñiiitiiiseetaaasaaañoooteeeriiitaaa!!
–Mmmuy bien, mmmuybien.


  • Cuenca, Mary Hely, 1996-1997, «Análisis instrumental de la duración de las vocales en español», Philologia hispalensis, 11, 295-307.
  • García, Miguel, 2016, «Sobre la duración vocálica y la entonación en el español amazónico peruano», Lengua y sociedad 14.2 (2014), 5-29.
  • Krohn, Haakon S., 2019, «Duración vocálica en el español de la gran área metropolitana de Costa Rica», Filología y lingüística de la Universidad de Costa Rica, 45.1, 215-224.
  • Marín Gálvez, Rafael, 1994-1995, «La duración vocálica en español», Estudios de lingüística de la Universidad de Alicante, 10, 213-226.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1916, «Cantidad de las vocales acentuadas», Revista de filología española, III, 387-408.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1985, Manual de pronunciación española, 22.ª, CSIC.
  • Troya Déniz, Magnolia, 2008-2009, «La duración de las vocales tónicas en la norma culta de las Palmas de Gran Canaria», Philologica canariensia, 14-15, 297-312.
  • 安富雄平, 1992, 「スペイン語の母音の持続時間: 日本語の長音との比較において」,『ロマンス語研究』, 25, 81-86.

2019年9月9日月曜日

Consonante larga

長母音と対になる概念が長子音だ。とは言え、聞きなれない人が多いかもしれない。別の言い方に重子音というのがあって、そっちなら「あああれね」と思う人も多いだろう。日本語だと小さい「ッ」(促音) が音声的には長子音 (の前半部分)に当たる。それと「ン」(撥音) の後にナ行・マ行が続く時。国際音声記号で書く場合は、長いことを表す [ː] を使う (「行った」[itːa]) か、子音の文字を2つ書く ([itta])。

さて、カスティリャ語固有名詞のカナ表記についての提案の中に、「ッ」について興味を引くものがある。

  • 〔原則1〕スペイン語音についての音声学的観察結果を尊重する。
  • 〔原則2〕日本語のカタカナで表わしうるかぎり、なるべく日本人の耳に聞こえるとおりに表記する。ただし、日本人はスペイン語の発音に日本語の促音的なものを聞きがちであるが、スペイン語はそれを極端に嫌うので、この場合は原則1を優先させ、促音表記は用いない。 (原ほか 1982: vii)

この「促音表記は用いない」つまり小さい「ッ」を使わないというのは、我々の業界では割と浸透していて、これに従っている人は多いだろう。特にスペイン語学をやっている人はまず「ッ」は使わないんじゃないだろうか。

しかし、「日本人はスペイン語の発音に日本語の促音的なものを聞きがち」という観察から期待される通り、「聞こえるように」書いたであろう例がネット上で色々見つかる。順不同、思いつくままに固有名詞普通名詞取り混ぜて紹介すると: オッホ (ojo)、オルッホ (orujo)、バジェッホ (Vallejo)、アレッホ (Alejo);ケッソ (queso)、ベッソ (beso)、バルドッサ (baldosa);サラゴッサ (Zaragoza)、イビッサ (Ibiza)、チョリッソ (chorizo);ヒラッファ (jirafa);アレキッパ (Arequipa)、アレッパ (arepa)、グアッパ (guapa);アヤクッチョ (Ayacucho)、セビッチェ (ceviche)、シロッコ (siroco)。また、「リッコ」はイタリア語の ricco を写したものが多いが、スペイン語の rico に当たる例も見える。それから、スペイン語として意識されているかどうかは別として、マッチョ (macho) やチュッパチャプス (Chupa Chups) も入れておこうか。

これらの例ににおける「ッ」は音声学的に子音の長さを反映しているのかもしれない: «En posición intervocálica, inmediatamente detrás de la vocal acentuada, paso, pala, las consonantes son más largas que en ninguna otra posición (Navarro Tomás 1985: §179)。つまり、「ッ」が入っているところの子音は強勢母音の直後にあって、「長子音」と呼べるほどではないにしても、他の環境より長目なのだ。まあ、それに合わない例を挙げなかっただけの話ではあるが、パッと思いつくのはだいたいこのパタンだ (合わない例として今思いつくのは「カッシェロ (Casillero)」ぐらいで、これには別の要因が考えられる)。

というわけで、「ッ」の使い方も「ー」のそれと同じくらい合理的だということが分かった。しかし、スペイン語の専門家たちは「ッ」に対して冷淡だ。その理由を、引用では「スペイン語はそれを極端に嫌う」からとしているのだが、これは意味不明だ。日本語におけるカナ表記なのだから、聞こえるように書くということなら促音を拒否する理由はない。仮に、スペイン語としても受け入れられるような日本語表記を目指すということだとしても、日本語話者がスペイン語を喋っていて「オッホ」と言っても、生き物ではないスペイン語が「それ嫌い」とか言うはずもない。

もう少し真面目に言うならば、「スペイン語はそれを極端に嫌う」を定義してもらわないと、コメントのしようがない。ちなみに、日本語話者が「オッホ」と「オーホ」と「オホ」と言ったうちのどれが、スペイン語話者の耳に一番 ojo に近く聞こえるかという実証的研究があるという話を聞いたことがないので、僕はスペイン語話者による評価についても何も言えない。

もちろん、ああいう表現が出てきた背景を想像することはできる。スペイン語には母音の長短の区別がないのと同様、子音の長短の区別がない。そして、同じ子音が続くのは、単語の中ではごく少ない (innato, obvio...)。また、単語の連続によって同じ子音が隣り合う場合、子音1つ分しか発音されないこともある (tres salas ['tɾe.'salas], RAE & ASALE 2011: §8.8j)。つまり、同じ子音の連続を長子音としてではなく短子音で実現するというプロセスが存在する。なので、スペイン語の音韻構造には長子音を避ける傾向があるとは言えるだろう。しかし、短子音化は義務的ではない。「極端に嫌う」の根拠としてはまだまだ弱い。

原ほか (1982: viii) は、「最後から2番目の音節に強勢のある語では、その音節が開音節なら長音表記」というルールを立てている (例は「バルセローナ (Barcelona)」) ので、ojo は「オーホ」になるはずだ。でも、この表記は僕には「オッホ」とどっこいどっこいに見える (「オホ」が一番良い)。

彼らの原則1「スペイン語音についての音声学的観察結果を尊重する」に従うならば、スペイン語の強勢母音が必ずしも長くないという事実 (前の記事参照) は、上の「ー」の使用ルールを正当化しない。また、日本人学習者の耳にはスペイン語の強勢母音が長く聞こえない傾向がある (これも前の記事参照) のだから、原則2の「日本人の耳に聞こえるとおり」も「ー」の多用を支持しない。一方、「ッ」の使用は、もしかしたら Navarro の観察を繊細に拾い上げている可能性があるので原則1から外れていないかも知れないし、「促音的なものを聞きがち」な「日本人の耳に聞こえるとおり」である点で原則2に合っているかも知れない。となると、どっこいどっこいどころか「ッ」の方が良いということになりはしまいか。

正直に言えば、僕は「ッ」を使った表記はピンとこない。だが、これも恐らく慣れの問題だろう。まあ、「ー」を使わない実験中で、当然「ッ」も使わない派だから、「ッ」に慣れる機会があるかどうか分からないが。あ、でも、「ッ」には「ー」にはない使い道が考えられるので、その検討を次回することにしたい。


  • 原誠ほか (編), 1982, 『スペイン ハンドブック』, 三省堂.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1985, Manual de pronunciación española, 22.ª, CSIC.
  • RAE & ASALE, 2011, Nueva gramática de la lengua española. Fonética y fonología, Espasa Libros.

2019年7月14日日曜日

Vocal larga

カスティリャ語固有名詞のカナ表記で音引き「ー」を使わない実験を続けている (実は今、「カスティーリャ」と書いたことに気づいて後から「ー」を消した)。さすがに幾つかは「ー」を入れたほうが断然良いと感じられるのだが、もう少し続けてみたい。

さて、カスティリャ語やカタルニャ語には母音の長短の区別がない。したがって、カナ表記で長母音を表す「ー」を使う必要は、原則として、ないはずだ。しかし、実際には「ー」が多用されている。なぜだろうか。

一番分かりやすい理由は「そう聞こえるから」というものだろう。実際、そう感じている人は多いかもしれないが、実は音声学的データは必ずしもそれを裏付けてくれない。

安富 (1992) は、日本人学習者がカスティリャ語の単語を聞いて「聞こえた通りに片仮名で書く (82)」という実験をしている。その結果を見ると、「ー」を使わない例が多い。同じ単語でも人によって「ー」を使う使わないの揺れが見られるものがあるが、使わない方が多い。11人のうち、例えば tapa は全員が「タパ」、caro は「カロ」が9人、「カーロ」が2人、という具合だ。唯一「ー」派の方が多かったのが vino で「ビーノ」が8人だった。この実験はカスティリャ語を大学で専門に勉強している3・4年生の学生が対象なので、その学習歴が結果に影響した可能性はあるが、長くは聞こえないという傾向があるとは言えるだろう。

また、木村 (1989) はカスティリャ語固有名詞のカナ表記について提案をしているのだが、そこでナバロ・トマスの有名な本のデータを紹介している。木村の言い方によれば「強勢母音の長さと、その音節タイプ・語内での位置との関係 (196)」だ。

  1. 長い:
    • Aguda の語 (n, l で終わる語を除く) papá, matar
  2. 半長:
    • Aguda の語で n, l で終わる語 sultán
    • Llana の語で、開音節 pasa
  3. 短い:
    • Llana の語で、閉音節 pardo
    • Esdrújula の語 páramo

ここで aguda は最後の音節にアクセントがある語、llana は最後から2番目の音節、esdrújula は最後から3番目の音節にアクセントのある語のこと。つまり、アクセントのある音節の母音と言っても、単語のどの位置にあるか、開音節か閉音節かによって長さが異なるわけだ。また、母音の長さを単語内部の位置と強勢の有無で分類したデータ (同じナバロ・トマスの本からのもの) も紹介している。

無強勢・語頭音節64ms
無強勢・語中・強勢より前58ms
強勢106ms
無強勢・語中・強勢より後50ms
無強勢・語末音節114ms

木村は「強勢音節の母音と語末音節の母音が長く、他が短いというはっきりした特徴が見られる。その長さの比率はほぼ2対1である (196)」と言っていて、確かにその通りなのだが、語末の無強勢母音が一番長いという点に注意が必要だ (木村はこの点には何故か言及していない)。だから、それに従えば Castilla は「カスティーリャー」と書いてもいいんじゃないか、ということになる (もちろん誰もそんな主張はしていない)。

これらのデータを踏まえて、木村は「語末・強勢・開音節は長音で表記する (196)」という規則を立てる。つまり、安心して長いと言えるのは最後の音節にアクセントがあってしかも母音で終わっているとき、ということだ。これに従えば Panamá, Perú は「パナマー」「ペルー」ということになる。確かに「ペル」は僕も書きたくない。

木村の提案の特色は、しかし、カスティリャ語の母音の長さと日本語表記における「ー」の使用をある意味で切り離す点にある。彼が依拠するのは、日本語における外来語のアクセントパタンだ。大雑把言うと、これらの語では終わりから3番目の拍にアクセント核があるという傾向がある。「アクセント核」というのは日本語の音韻論で使われる用語だが、大雑把に言うと、これがある拍までは高く発音され、その後は低くなる。この傾向に合わせて「言語の強勢音節の核母音を含む拍が、終わりから3拍目に来るように (198)」長音のしるしを入れるというのが彼の提案だ。

例えば Gómez は「ゴメス」で「ゴ」が高くその後下がる「ゴ↓メス」になる (アクセント核の直後、下がり目に「↓」を入れて示す)。一方 Felipe を「フェリペ」と書くと「フェ↓リペ」と読む人が続出することが予想されるが、「フェリーぺ」にすると「フェリ↓ーぺ」と発音してもらえるだろう。「ー」を入れることで「リ」を終わりから3拍目にした効果だ。

木村の提案はより詳細で、具体例に対応するための細則もあるので、興味のある人は現物を見て欲しい。僕は、これを見たときは巧みだと思って随分感心したのだが、今では基本的な考え方を共有していない。つまり、日本語なのだから「フェ↓リペ」で構わないと思っている (僕自身は「フェリ↓ペ」と発音するが、異なるアクセントパタンが問題になるとは思えない)。木村は「日本人がスペインの首都の名前を言っているのに、それを聞いたスペイン人が一体どこの話なのだろうなどと考えこむようでは困るのだ (193)」と言うのだが、日本語なんだから構わないのではないだろうか。木村は「マ↓ドリ」を念頭においているようだが、「マドリ↓ード」でも他の言い方でも、日本語ではこう言うのだと学び、慣れてもらえば良いだけのことだ。

もう1つ問題なのは、日本語のアクセント核とカスティリャ語の強勢を同じようなものと考えて良いのかということだ。日本語のアクセントは下降によって表現される。そして、最後に高いところを核と呼んでいるので、そこが「強い」ように思えるかもしれないが、それが果たしてカスティリャ語の強勢のように強く発音されているのか、おそらく検証されたことはない。僕は、日本人学生のカスティリャ語発音を聞いていて、アクセントのあるところを高く発音していても、それが必ずしも強く聞こえないという印象を持っているが、カスティリャ語のネイティブがどう感じるのか、興味のあるところだ。

石橋 (2006: 19) は「スペイン語のアクセント付音節は英語のそれとは異なり、(他の音節と比べて) つねに「長く、高いピッチで」発音されるとは限らない」と述べて、「ー」の使い方について独自のルールを用いている。常に長く高く発音されるとは限らないというのは英語でもそうだから、その点は修正する必要があるけれども、特にアクセントのあるところが周りの音節より低いことがあるという指摘は重要だ。単語単独の発音だと、平叙文の、最初のアクセントで上がり、最後のアクセントで下がるというイントネーションに近いパタンになる。アクセントが1箇所しかないので、そこで上がって後は下がるということになり、たまたま強勢音節が1番高くなるというだけの話だ。

さらに、木村も認める通り、「ー」の使用が全てを「解決」する訳でもない。例えば「ペルー」は「ペ↓ルー」になり、アクセント核は「ルー」とは一致しない。こういう場合、「ぺ」の高さと「ルー」の長さのどちらがカスティリャ語ネイティブのアクセント知覚に寄与するか、調べる価値はあるかもしれない。

というわけで、「ー」によってアクセント核・下降の位置をコントロールすることでカスティリャ語の単語のアクセントを「再現」する試みは、それほど有意義だとは思えない。もちろん、日本語の表記として無理がなく、カスティリャ語の発音に近いものが得られるのならば、「ー」の使用を妨げる理由もないのだが。

  • 石橋純, 2006, 『太鼓歌に耳をかせ –カリブの港町の「黒人」文化運動とベネズエラ民主政治』, 松籟社.
  • 木村琢也, 1989, 「フアンとマリーア –スペイン語固有名詞のカタカナ表記に関する二つの問題点–」,『吉沢典夫教授追悼論文集』, 191-199.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1985, Manual de pronunciación española, 22.ª, CSIC.
  • 安富雄平, 1992, 「スペイン語の母音の持続時間: 日本語の長音との比較において」,『ロマンス語研究』, 25, 81-86.

2019年3月31日日曜日

Montsalvatge (3)

カタルーニャ語の固有名詞をカナで写そうとするときに出てくる問題を考えてみる。今回は母音を見ることにしたい。

まず確認しておくべきことは、この議論はあくまで日本語の表記に関わるものだということだ。カナ表記を巡っては「現地音主義」という不思議な用語があって、カナが他言語の発音を表すことができるかのような錯覚を与えかねないのだが、辞書などでカナを (出来の悪い) 発音記号として使う場合は別として、カナに出来ることは、日本語に借用された単語を日本語として表すことだ。「出来るだけ (その言語の) 実際の発音に近く」表記したいという気持ちは分かるが、日本語に出来る範囲でしか出来ないのだということは押さえておく必要がある。

もうひとつ確認しておくべきなのは、カタルーニャ語が持つ地域的多様性の問題だ。入門書などで解説している発音は、バルセロナを含む地域で話されている中部方言のものがベースになっている。これが伝統的に標準的発音と見なされているのだが、現代のカタルーニャ語規範は複中心的で、他の地域の発音も規範から排除されない。このことは、後で見るように、カナ表記問題に大きく影響する。

カタルーニャ語の方言区分については、立石・奥野 (2013: 48) あたりを見て欲しい。大きく東部方言と西部方言に分かれる。さっき出てきた中部方言は東部方言の下位方言で、紛らわしいけれどご容赦のほどを。で、東と西では母音体系が結構違うのだ。

そして、カタルーニャ語の母音体系は、強勢のある位置と無強勢の位置で分けて考える必要がある。まず強勢母音は7つある。バレアルス諸島では8母音体系だとか、フランスのルシヨン地方など5母音しかない所があるとか、ジロナあたりでは6母音だとか、異なる体系を持つ方言もある (Prieto 2014: §II.1.1.1) が、大勢は7母音なので、それだけを見ることにする。

iu
eo
ɛɔ
a

綴りについては、今の議論に関係する部分だけ大雑把に言うと、/i/, /a/, /u/ はそれぞれ i, a, u が対応し、/e/ と /ɛ/ は e で、/o/ と /ɔ/ は o で表される。ただし、狭い方 (/e/ と /o/) には鋭アクセント (´) を付け (é, ó)、広い方 (/ɛ/ と /ɔ/) には重アクセント (`) を付け (è, ò) て母音の別を表示することがある。しかしこれは、正書法上強勢の位置を示す必要がある場合だけで、そういう単語に関してたまたま母音の広狭が分かるというにすぎない。なお、強勢の位置を示すための í, ú, à もある。

単純に考えて5つしか母音のない日本語でカタルーニャ語母音の発音を再現することは不可能だ。だが、綴りの助けを借りれば簡単に対応を作ることができる。つまり /e/ と /ɛ/ の区別と /o/ と /ɔ/ の区別を無視すればよい。たとえば Pere /'peɾǝ/ と Cesc /'sɛsk/ は異なる強勢母音を持つが、同じ e で表記されていることもあり、日本語で同じエ段の文字で写して「ペラ」「セスク」とするのに抵抗はないだろう。同様に Ramon /rǝ'mon/ と Antoni /ǝn'tɔni/ の強勢母音はそれぞれ異なるが、同じ o で表記されており、日本語では「ラモン」と「アントニ」のようにオ段の文字で書いて誰も文句を言わない。

それから /u/ は日本語の「ウ」と結構異なる音だが、カナのレパートリーの中ではウ段の文字で表す以外の (単純な) 選択肢がない。

cat. 音素cat. 綴りカナ
/i/i, íイ段
/e/e, éエ段
/ɛ/e, è
/a/a, àア段
/ɔ/o, òオ段
/o/o, ó
/u/u, úウ段

なんだか不必要に面倒な話をしているように見えるかもしれないが、カナ表記が元の言語の音韻や発音をそのまま写したものではないことは確認できたと思う。さて、これからが本当に面倒な話、無強勢母音の扱いだ。

無強勢母音体系は、東部方言と西部方言で異なる。東に属するマリョルカ方言は両者の中間的性格を見せる (Prieto 2014: §II.1.1.4b) が、とりあえず措く。また、音韻論における中和という概念をどう扱うかという議論は素通りすることにする。表の書き方が厳密でないと思う人がいるだろうが、ご容赦願いたい。

cat. 強勢母音cat. 無強勢母音 (西)cat. 無強勢母音 (東)cat. 綴り
/i/[i][i]i
/e/[e][ǝ]e
/ɛ/
/a/[a]a
/ɔ/[o][u]o
/o/
/u/[u]u

西部方言では5母音で、この体系をカナに写すのは簡単だ。一方東部方言は3母音体系で、綴りとの関係で言えば、{i}, {e, a}, {o, u} に対応する。つまり同じ音を異なる文字が表す場合があるということだ。やり方としては、音に合わせて e も a も同じカナを充てる方向と、綴りに合わせて e と a に別のカナを対応させる方向が考えられる。前者が当たり前だと思う人が多いかもしれないが、英語の曖昧母音 ǝ に対応するカナはむしろ後者 (例えば Elizabeth [ɪ'lɪzǝbǝθ] エリザベスのザとベ) で、それをみんな普通に使っている。最初から問題外というわけではない。

音に合わせる方針にするなら、どの文字を使うかが問題になる。 [i] はイ段の文字で問題ない。[u] はウ段の文字で対応すれば良いだろう。[u] についてはオ段の可能性もあり、日本語話者がカナ表記を発音した時により元の音に近くなる場合も考えられるが、強勢母音と扱いを揃えた方が良いだろう。カタルーニャ語の [ǝ] は僕の耳にはアに聞こえることが多い。エ段とア段のどちらかということなら、ア段を選ぶのが穏当だろう。

綴りに合わせる方針なら、西部方言を写すのと同じことになる。カタルーニャ語の正書法は西部方言にも対応できるように考えられたもので、区別の多い方に合わせることで、結果的には東部方言では発音上の区別がない書き分けが生じたわけだ。したがって、綴りに合わせると言っても音声上の根拠を西部方言に求めることができる。どちらも「正しい」発音なので、理論的には対等だ。また、東部発音では ea の e が [ǝ] ではなくて [e] で発音される (例えば Balears [bǝle'ars]) なんてことを覚えておかなくても良いという (小さい) メリットもある。

というわけで、伝統的に標準音と見なされてきた東部の発音をベースにするという、多分多くの人が採る方式と、汎カタルーニャ語的な綴りを考慮に入れた方式があり、僕にとっては後者も捨てがたい。なので、ここではどちらかに決めることはせず、両方式の例を思いつくままに挙げて、皆さんに考えてもらうことにする。

cat. 3段式5段式
Barcelonaバルサロナバルセロナ
Carles Puigdemontカルラス・プッチダモンカルレス・プッチデモン
Carmeカルマカルメ
Castellóカスタリョカステリョ
Enricアンリックエンリック
Figueresフィゲラスフィゲレス
Illes Balearsイリャス・バレアルスイリェス・バレアルス
Jaumeジャウマジャウメ
Joan Corominesジュアン・クルミナスジョアン・コロミネス
l’Hospitalet de Llobregatルスピタレット・ダ・リュブラガットロスピタレット・デ・リョブレガット
Montsalvatgeムンサルバッジャモンサルバッジェ
Montserratムンサラットモンセラット
Penedèsパナデスペネデス
Pereペラペレ
Pompeu Fabraプンペウ・ファブラポンペウ・ファブラ

あ、あと音引き「ー」は必須ではないと思うし、入れると間が抜けることが多いと思うので、使っていない。僕自身は昔より「ー」を使わなくなっていて、今思い切って無しにしてみた。「カタルーニャ」は流石にこっちが見慣れた感じだが、「カタルニャ」でも良いような気がしてきた。「ー」の扱いはカスティリャ語とも共通したテーマなので、項を改めて論じたい。

  • Prieto, Pilar, 2014, Fonètica i fonologia. Els sons del català, priera edició en format digital, Editorial UOC.
  • 立石博高・奥野良知 (編), 2013, 『カタルーニャを知るための50章』明石書店.

付記 (2019/04/01): Prieto 2014 への参照セクションを修正。章番号をローマ数字で付け加えた。Prieto 2014 は Kindle と Google Play で売っていて、G の方が安かったのでそれを買ったのだが、Google Play の電子書籍リーダー (iOS版) の出来はかなり改善の余地ありで、知的営みのための投資をケチったことを後悔している。

2019年3月28日木曜日

Montsalvatge (2)

ソプラノ歌手の谷めぐみさんから連絡を頂いた。以前「シャビエ・ムンサルバッジャ」を使ってみたが、通じなくて大変だったという経験がおありとのこと。そうなんだろうな。慣用は強いのだ。変えるためには、少しずつ「シャビエ」が増えていくように地道に取り組んで行くしかない。

カタルーニャ語固有名詞に関わるもうひとつの問題は、Xavier に対する Javier とか Enric に対する Enrique とか、他の言語に対応するものがあることだ。つまり、名前も翻訳できてしまうのだ。これはカタルーニャ語とカスティーリャ語の間に限らない。今ではしないのが普通だが、昔は名前を翻訳す習慣があった。例えば1881年に Menéndez Pelayo が訳したシェイクスピアの作品集は Dramas de Guillermo Shakespeare だったようだし、僕は Carlos Marx (ドイツ語では Karl だ) も見たことがある。今でも見るのは Guillermo Tell (Wilhelm Tell) や Julio Verne (Jule Verne)。スヌーピーと Carlitos なんてのもある。

歴史上の王たちには、カノッサの屈辱の Enrique IV とかナントの勅令の Enrique IV とか英国国教会を作った Enrique VIII とかがいるし、今でもイギリスの女王は Isabel、その息子は Carlos、さらにその息子でメーガン・マークルと結婚したのは Enrique だ。また、キリスト教の聖人たちがそれぞれの言語でそれぞれの呼び方をされるのは良く知られたことだが、日本で「サン・ジョルディ」とカタルーニャ語 Sant Jordi から入った言い方をされるのは聖ゲオルギオスとか聖ジョージとか呼ばれているのと同一人物だ。今のローマ教皇を日本ではカスティーリャ語風にフランシスコと呼んでいるが、Francisco に当たるラテン語は Franciscus で、Wikipedia に載っている彼の署名はラテン語で書いてある (バチカンの公用語はラテン語だからね)。

こういう習慣というか伝統を考えれば、Xavier を Javier とか Enric を Enrique とか言うのは、カタルーニャ語とカスティーリャ語の力関係だけが原因というわけではないことが分かる。同じ人が同じ人についてカタルーニャ語で喋るときは Xavier と言い、カスティーリャ語では Javier と言うということはあり得るし、相手に応じて言い方を変えるかもしれない。

蔵書印では Enric だったグラナドスも、夫人に宛てた手紙 (WEB上で画像をいくつか見ることができる) はカスティーリャ語で書いていて、Enrique に見える署名が確認できるものがある。とりあえずカスティーリャ語では Enrique Granados で、カタルーニャ語では Enric Granados で良いとして、日本語ではどうするか、結構面倒な問題だ。

Xavier Montsalvatge (1912-2002) の場合は、前に書いたように、カスティーリャ語版のWikipediaでも Xavier なのだから「ハビエル」を維持する意味はない。というわけでカタルーニャ語をカナで写すときの問題点を次回以降取り上げることにしたい。

2019年3月19日火曜日

Montsalvatge

外国の固有名詞をどう表記するかという問題は、元の言語が何かという問題と切り離すことができない。まず、言語によって音韻体系と書記体系が異なるので、その言語の音・表記から日本語のカナへの対応をどうするか決める必要がある。それに加えて、その言語が置かれた社会言語学的な位置付けが事態を複雑にすることがある。

画家のミロは、昔は「ホアン・ミロ」と書かれることが珍しくなかったが、今では「ジョアン・ミロ」が普通だ。「ホアン」はスペイン語の Juan を書く書き方の一つ。「ジョアン」はカタルーニャ語の Joan を書く書き方の一つ。本来の名前である Joan に従った表記が一般的になったわけだ。一方、チェリストのカザルスは、カタルーニャ語に基づいた「パウ・カザルス」も見るが、スペイン語・カタルーニャ語混合の「パブロ・カザルス」が多い (スペイン語風の「カサルス」はまず見ない)。

さて、何日か前に「ハビエル・モンサルバーチェ」という表記を見た。やはりカタルーニャ出身の作曲家だが、完全にスペイン語風表記だ。濱田 (2013) は「パウ (パブロ)・カザルス (229)」と書く一方、「カタルーニャ人のハビエル・モンサルバーチェ (265)」としている。「ハビエル」はスペイン語 Javier に対応する表記で、カタルーニャ語では Xavier Montsalvatge [ʃǝβi'e munsǝl'βadʒǝ] だから、「シャビエ・ムンサルバッジャ (あるいはモンサルバッジェ)」ぐらいにしても良さそうなものだが、ハビエルが圧倒的に強い。

ちなみにスペイン語版Wikipediaでは Xavier Montsalvatge i Bassols というカタルーニャ語の書き方を採用している。日本語版では「ハビエル・モンサルバーチェ・バッソルズ (Xavier Montsalvatge i Bassols...)」としていて、カナ表記はスペイン語風、ローマ字はカタルーニャ語というチグハグなことになっている (なお「バッソルズ」はスペイン語風でもカタルーニャ語風でもない。どちらの場合も「バソルス」になるはず)。これは直した方が良い。

少し複雑なのはグラナドスの場合だ。濱田 (2013: 185) はグラナドスの蔵書印の図版を載せていて、そこには «EX-LIBRIS ENRIC GRANADOS CATALONIAN COMPOSER» という文字が見え、本人が Enric というカタルーニャ語名を使っていたことが分かる。しかも Spanish ではなくて Catalonian と言っているところが興味深い。ところが、カタルーニャ語版のWikipediaによれば、生まれた時の名付けは Pantaleón Enrique Joaquín だったという。生まれはカタルーニャだが、父は当時まだスペイン領だったキューバ出身、母はカンタブリア出身で、スペイン語で名前をつけるのは自然だったのだろう。まあ、本人が Enric を使っていたのなら「アンリック (エンリック)・グラナドス」で良かろうと思うが、慣用はスペイン語式の「エンリケ」だ。

「ムンサルバッジャ / モンサルバッジェ」「アンリック / エンリック」における母音の選択と促音の表記については、また稿を改めて論じたい。

  • 濱田滋郎, 2013, 『スペイン音楽のたのしみ』(新版), 音楽之友社.