2019年9月14日土曜日

Consonante final

前々回予告した、「ッ」の使い道について考えてみたい。

原ほか (1982: vii) は「語末の -d, -t は表記しない」として「Valladolid バヤドリー、Ortega y Gasset オルテーガ・イ・ガセー」という例を挙げている。しかし、これらを表記しない理由の説明はない。スペイン語を勉強したことのある人なら、語末の -d は発音しなくて良いと習ったかも知れないので特に不思議に思わないかも知れないが、規範として -d や -t を発音しないことになっている訳ではない。なので、これらをカナ表記で無視するというのは原ほかの判断による。

まず -d についてアカデミアの記述を見てみよう。

Fuera del imperativo, la pérdida de -d es hoy general en español, incluso entre las personas instruidas (paré, usté, verdá), sobre todo ante pausa, aunque muy frecuentemente se repone en el plural (paredes, ustedes, verdades). La ausencia de la /d/ en el plural, en realizaciones como parés o verdás, suele estar estigmatizada, a diferencia de las formas de singular, que se consideran coloquiales. La pronunciación cuidada recupera el alófono oclusivo o el aproximante, [la.βeɾ.'ðad] ~ [la.βeɾ.'ðað] la verdad, o un alófono aproximante relajado y ensordecido [ð̥], [la.βeɾ.'ðað̥], aunque en el área leonesa y en el centro y norte de Castilla (España), especialmente en las ciudades de León y Madrid, es muy frecuente la solución interdental: [pa'ɾeθ] ~ [pa'ɾeθ] pared (RAE & ASALE 2011: §4.7ñ).

語末の -d はそれなりの教育を受けた人でも落とすことが多い (vosotros/as に対する命令形では落とさない)。だから、授業で usté で構わないと教えるのは正当化される。しかし、それは話し言葉的な特徴であり、注意深い発音では -d が保たれる (保たれ方にはいくつか種類 –異音- がある)。この記述からは、語末の -d を表記する方が穏当のように思えるが、原ほかは一般的に見られる口語的特徴を拾ったわけだ。まあ、それはそれで一つの態度ではある。

一方、現代のスペイン語では:

Los segmentos consonánticos que aparecen en esta posición son coronales, fundamentalmente dentales y alveolares: /d/, /l/, /n/, /ɾ/, /s/ en el subsistema seseante y /d/, /l/, /n/, /ɾ/, /s/, /θ/ en el subsistema distinguidor (RAE & ASALE 2011: §8.7a)

で、語末の -t は外来語にしか現れない。そして、語末の /p/, /b/, /t/, /k/, /g/ については、発音される場合もあるし、されない場合もあり、時には子音を保った上で -e を付け加える場合もあるという (idem: §8.7c)。

興味深いのは、次の観察だ。

Existe, además, algunas voces en las que el uso ha generalizado la forma adaptada sin consonante final, como cabaré, carné o parqué, del francés cabaret, carnet y parquet, respectivamente. Este es el modo tradicional de adaptación de los préstamos que poseen la consonante /t/ en posición final de palabra: bidé, del francés bidet; caché, del francés cachet; corsé, del francés corset; chaqué, del francés jaquette. A pesar de ello, se pueden encontrar también pronunciaciones con conservación de la consonante final en algunas de estas voces (idem: §8.7c)

伝統的には -t を持つ外来語の -t を落として取り入れていた、というのだが、jaquette を除けば皆フランス語でも最後の -t は発音しない。だから、アカデミアのこの記述は、音と綴りを見事に混同した、ごくごく初歩的な誤りを含む。今の議論に即して言えば、むしろ、元の言語で発音していなかった -t を発音することさえあるという点が重要だ。発音されたりされなかったりなので、どちらかに決めれば良いということになる。原ほかの扱いは -d と同じで一貫性がある。僕は、書いてあるなら表記する方が無難だろうと思う。

原ほかが挙げている例は Valladolid と Ortega y Gasset、それから Ganivet だ (Madrid は原則通りなら -d を表記しないはずだが、慣用に従って「マドリード」を採っている)。試しに YouTube で聞いてみると、少ない例だが、これら4例の語末子音はだいたい発音されている印象だ (Gavinivet の -t を発音していない明らかな例が一つあったが)。ただ、日本語話者の耳にはその子音が聞こえないことが多いかもしれない。つまり舌先が歯に届いているけれども、その後の解放・破裂が (ほぼ) ない発音だ。

子音はあるのだが日本語人には聞こえにくい、この聴覚印象を尊重して、表記しないというのは理解できる態度だが、確かにそこにあるので、僕は特に「オルテーガ・イ・ガセー」はちょっとな、と思うのだ。

では、表記するとしたらどうするか。いくつか方法がある。

123
Valladolidバリャドリドバリャドリードバリャドリッド
Madridマドリドマドリードマドリッド
Gassetガセトガセートガセット
Ganivetガニベトガニベートガニベット

上に挙げたオプションのうち、ガニベート以外はネット上で使用が確認できる (「ガニベート」も検索すると出てくるのだが、原ページに行くと見つからない)。どれも聴覚印象や原語音から距離があるが、それはもう、子音終わりの語を表記するのであれば避けられない。語中だって「マドリー madorii」の o をどうしてくれる、という話になる。だから、どれが元の音に近いかを考える必要はないだろう。

そこで、記号の機能に注目すると、「ッ」の有用性が明らかになる。スペイン語の場合、閉鎖子音で終わる語に限って「ッ」を使えば、直後の「ド」や「ト」が do や to ではなく d や t であることを示すことが出来る。木村 (1989: 193) の「原語のスペリングがわかるような書き方をする」に沿ったやり方になるわけだ。

僕は普段「マドリード」と書く。喋るときは「マドリー」と言うこともある (スペイン語を喋るときには -d を落とすことは多分ないが)。「マドリッド」は一番馴染みのない形だが、メリットがあることが分かった。これからこれを使うようになるかもしれない。Ortega y Gasset は「オルテガ・イ・ガセット」が落ち着く。

「ッ」に子音終わりを示す機能を持たせた、別の表記法を考えることも出来る。僕の知り合いに David という名前の男がいて、彼の名刺には「ダビッ」と書いてある。これは「ダビッド」よりもオリジナルの聴覚印象に近い。悪くない方法だと思うが、難点は、どの子音で終わるかが明示されないこと。「オルテガ・イ・ガセッ」とか「アラルコス・リョラッ (Alarcos Llorach –これは k の音)」とかと区別がつかなくなる。とは言え、「マドリッド」と「バリャドリッド」の「ドリ」だって全然違う2種の発音を区別していないわけだから、大した問題ではないのかもしれない。選択肢のひとつにはなるだろう。

  • 原誠ほか (編), 1982, 『スペイン ハンドブック』, 三省堂.
  • 木村琢也, 1989, 「フアンとマリーア –スペイン語固有名詞のカタカナ表記に関する二つの問題点–」,『吉沢典夫教授追悼論文集』, 191-199.
  • RAE & ASALE, 2011, Nueva gramática de la lengua española. Fonética y fonología, Espasa Libros.