2022年12月27日火曜日

Bernat Metge

フロセル・サバテ (Flocel Sabaté) 『アラゴン連合王国の歴史』。いただき物で、特に興味があって読んだわけではないのだが、予想以上に面白かった。今まで持っていたカタルニャに対する何となくのイメージと異なる記述が随所にあって、勉強になった。読みにくい学術翻訳調の日本語も、途中から慣れてくるし、すみずみまで理解しようと頑張らなければ、たとえば「諸身分が表象されるのは、その言葉の意味でも、またその進展を考えても、諸権力同士が関係しあう場においてである (215)」とかも読み飛ばせば良い。

さて、本の内容から当然予想されるように、カタルニャ語固有名詞のカナ表記が頻発する。そこで、ご無沙汰していた表記問題に戻ることにしたい。

Batlló (https://vocesenredadas.blogspot.com/2019/10/batllo.html) の記事では「カタルニャ語の固有名詞をカナ表記するのに「ー」は無くても困らないが、「ッ」はあった方が良いと思う。使える場面はだいたい次の3つだろうか」と書いた。以下がその3つ:
  1. 長子音
  2. 母音間の破擦音
  3. 語末の閉鎖音・破擦音

一応、第1点については当時論じたので、今回は2と3を取り上げる。

タイトルの人物は、本では「バルナット・メッジャ (194)」と表記されている。Bruguera (1990) の情報から、音声的には [bǝr'nat 'medʒǝ] で、このブログは5段式を採用しているので「ベルナット・メッジェ」になるが、最初の「ッ」は3、後のやつは2の例だ。

まずカタルニャ語における破擦音について確認しておこう。Institut d’Estudis Catalans (2018: §2.2) の表には /tʃ/ と /dʒ/ が見えるが、注には [ts] と [dz] は音素としては認めないので表に含めないとある (IEC は [t͡ʃ] のように結合記号を使っているが、入力が面倒なので省く)。一方 Recasens (1991: 173) の表に破擦音は含まれないが、[tʃ, dʒ, ts, dz] にはそれぞれ /t + ʃ/, /d + ʒ/, /t + s/, /d + z/ と解釈される場合 (tots) と1音素と解釈される場合 (バレンシアの x-) があると言う (174)。いずれにせよ、音声的にはこれらの破擦音が存在する。というわけで、これ以降は [] で囲って示すことにする。

綴りとの対応は、西と東で異なる。IEC (2018: §2.2.2) の例を参考にまとめてみよう。カッコで (西: ) とした例は、東では摩擦音になる。
  • [tʃ]: txec, cotxe, despatxar, boig (西: xafardejar, panxa)
  • [dʒ]: fetge, mitja (西: ginebra, jardí, menjar, (val: rajar))
  • [ts]: tsar, potser, tots
  • [dz]: tzatziki, dotze, atzar

この地域差はカナ表記にとって面倒な問題を引き起こすが、それについては稿を改めて論じたい。今は、東西共通して破擦音が現れる環境に注目しよう。

さて、母音間の [ts, dz] について Recasens (1991: 212) は次のように述べている。

En català central (Arteaga, 1908), ross., mall., men. i cat. n.-occ., el primer element d’una africada intervocàlica és emès amb oclusió de durada llarga; la realització amb oclusió curta deu ser relativament recent i s’explica probablement per factors extralingüístics (influència del castellà). Per altre banda, valencià i eiv. solen emetre l’africada amb element oclusiu curt (Lamuela, 1984; també, Sanchis Guarner (1949) a Aiguaviva); sembla, però, que hi ha africada amb oclusió llarga en alacantí i alguerès.

やはり地域差があるわけだが、大雑把に言って東ではもともと閉鎖が長く、短い発音はカスティリャ語の影響が考えられるという。また、[tʃ, dʒ] についても似たような記述をしている (214)。長いということは、「ッ」が聞こえるような音だということだ (コッチェ、デスパッチャ、フェッジェ、ミッジャ、ポッツェ、ドッゼ、アッザ)。したがって Metge は「メッジェ」でちょうど良い。映画祭で知られる Sitges は日本では「シッチェス」で通っているが、「シッジェス」になる。このシリーズのきっかけになった Montsalvatge の「モンサルバッジェ」もこれで説明できた。ついでにこれで摩擦音との区別もつく (Bages ['baʒǝs] バジェス)。

サバテの本には「ウジェー Otger (264)」が出てくるが、これも「オッジェ」ということになる。ただし、破擦音が強勢の直後でない場合は「ッ」を入れないという選択も有り得るだろう (デスパチャ、ポツェ、アザ、オジェ)。この場合、「ザ」が [za] なのか [dza] なのか、「ジェ」が [ʒe] なのか [dʒe] なのか判別ができなくなるが (ロジェ Roger vs. オッジェ/オジェ Otger)、たいした問題ではない (バレンシアのように Roger の ge も破擦音になる変種もある)。破擦音が短い西の発音を考慮に入れて「ッ」を全く使わないという選択だって有り得る (コチェ、フェジェ、ミジャ、ドゼ)。

3番の語末の閉鎖音・破擦音はより単純な話だ。閉鎖音だと Llop 「リョップ」、Montserrat 「モンセラット」、Vic 「ビック」、破擦音は Busquets 「ブスケッツ」、Puig 「プッチ」という具合。語末・音節末の子音字に関してはまだ述べるべき点があるけれど、「ッ」との関連では大体こんなところだろうか。

最後に、破擦音ではないけれども母音間の子音で「ッ」が聞こえる場合について補足しておこう。サバテの本には Vilagrassa に対して「ビラグラッサ (76)」と「ビラグラーサ (184)」の二様の表記が見えるのだが、確かに母音間の [s] は長く聞こえることがある。特に massa とか、強勢のある [a] の後に [sǝ] が続く場合にそうなるような気がする。「ビラグラサ」で十分だが、まあ、「ッ」を入れたい人は入れても良いんじゃなかろうか。

  • Bruguera i Talleda, Jordi, 1990, Diccionari ortogràfic i de pronúncia, Enciclopèdia Catalana.
  • Institut d’Estudis Catalans, 2018, Gramàtica essencial de la llengua catalana, https://geiec.iec.cat/
  • Recasens i Vives, Daniel, 1991, Fonètica descriptiva del català, Institut d’Estudis Catalans.
  • フロセル・サバテ (著), 阿部俊大 (監訳), 2022, 『アラゴン連合王国の歴史』, 明石書店 (Sabaté, Flocel)