2022年12月27日火曜日

Xixona

前回ちょっと触れた地域差の話。

カタルニャ語の正書法で語頭の x は大雑把に言って東では [ʃ] に対応し、西では [tʃ] に対応する、という記述を紹介した。それを意識したのか、『アラゴン連合王国の歴史』には「チチョーナ (32)」と「チャティバ (353)」という表記が見える。それぞれ Xixona と Xàtiva に当る。どちらもバレンシアの地名だ。

しかし、バレンシア出身の知り合いに聞いたら Xixona は [ʃi'ʃona] (o は狭い) という答えだった。そして、IEC (2018: §2.2.2) には小さい字で次のように書いてある。
Tot i que en aquests parlars la fricativa sorda [ʃ] no s’usa en general en posició inicial de mot, sí que apareix en alguns casos, especialment en mots d’origen aràbic, com ara xaloc, xarop, Xàbia, Xàtiva o Xixona i, en alternança amb l’africada, en algun mot més, com xeringa.

音も聞けるので、是非確かめて欲しい。また、Alcover & Moll の DCVB には発音表記があり、Xàtiva は «ʃátiva, ʃátiβa, ajʃátiβa (val.)»、Xixona は «ʃiʃóna (val.)» となっている。カナにしたら「シャティバ」「シショナ」だろう。

まあ、ちゃんと調べましょうということだが、それはそれとして、地域差を (どこまで) カナ表記に反映させるかという問題はかなり面倒だ。地域差を考慮せずに「標準語」の発音で通すという選択肢を一旦忘れることにすると、地名ならその土地の発音を採用するという方針を立てることが可能だが、ちゃんと調べられるのか。Xixona や Xàtiva は複数の文献から [ʃ] が確認できた。Xerta というカタルニャの町については DCVB が «tʃɛ́ɾta (occ.)» としていて、さらには Xerta の役所のホームページに行くと実際の発音を聞くことができる (https://www.xertatour.com/: ひろい e がひろくて僕の耳には「チャルタ」に聞こえる)。だが、こんな例ばかりではないだろう。

人名はどうか。たとえば Xavier の最初の音は IEC (2018, §2.2.2) の記述によれば東では [ʃ]、 西では [tʃ] になる。つまり「シャビエ」と「チャビエ」になるだろう。一方 Acadèmia Valenciana de la Llengua (2006: 42) には Xavier が [ʃ] だと読める記述がある。バレンシアでは語末の r を発音するようだから、「シャビエル」になるだろうか。Viccionari (https://ca.wiktionary.org/wiki/Xavier) には [ʃ] の発音だけが載っている。記述が一致していない上に、どの Xavier が「シャビエ」で誰が「チャビエ」でどの人が「シャビエル」だと判断するのか (「チャビエル」がいないと断言できるのか)。本人の出身地が分れば確定するのか。本人の発音が優先されるのか、一般的な呼ばれ方を採るのか。

もちろん問題は [ʃ] と [tʃ] の違いだけではない。語末の子音に関しては、バレンシアでは他の地域では発音しない音が発音されるということが多い。Xavier の r はその例だが、Alacant の t もそうで、これはバレンシアの地名だから「アラカント」とすべきだろうか (https://ca.wiktionary.org/wiki/Alacant)。サバテの本で「アジェー (151)」になっている Àger はウィキペディア (https://ca.wikipedia.org/wiki/Àger) によれば ['ajʒe] なので「アイジェ」だろうか。だが「アイジェ」と書いて読者は Àger に辿り着けるのだろうか (辿り着ける必要があるとして)。

だらだらと書いてきたが、今回は特に結論があるわけではない。面倒だな、ということを確認して終えることにしたい。

  • Acadèmia Valenciana de la Llengua, 2006, Gramàtica normativa valenciana, Acadèmia Valenciana de la Llengua.
  • Alcover, A. M. & Moll, F. de B, Diccionari català-valencià-balear, https://dcvb.iec.cat/
  • Institut d’Estudis Catalans, 2018, Gramàtica essencial de la llengua catalana, https://geiec.iec.cat/
  • フロセル・サバテ (著), 阿部俊大 (監訳), 2022, 『アラゴン連合王国の歴史』, 明石書店 (Sabaté, Flocel)