2023年5月10日水曜日

Tío abuelo

フラメンコに関わる美意識を共有し、その判断が信頼できる人たちのお薦めがあったので、Juana Amaya を観にガルロチに行ってきた (2023/05/06/13:00)。良かった。僕はバイレはよく分からないので彼女の踊りを形容する語彙がないのだが、何と言うか、力んでいないのに体からエネルギーがワーッと出てくる感じに触れて、やっぱり来て良かったと思ったのだった。

Juana Amaya のことは何も知らなかったので、行く前にネットで検索してみた。本名 Juana García Gómez、1968年 Morón de la Frontera の生まれというのが多数派 (異なる情報も存在する)。Morón は、ある種のフラメンコが好きな人にとっては、今の日本語で言えば聖地みたいな所だが、その聖性を代表する存在がギタリストの Diego del Gastor (Diego Amaya Flores, 1908-1973) だ。そして Juana にとって Diego は tío abuelo に当たるのだという。

Tío abuelo はアカデミアの辞書によれば «tío, a abuelo, la: 1. m. y f. Hermano de uno de los abuelos de una persona (RAE 2014 (2022), s. v. tío)» で、「おおおじ (大伯父・大叔父)」のことだ。Diego から見て Juana は sobrina nieta ということになる («sobrino, na nieto, ta: 1. m. y f. Nieto del hermano de una persona (RAE 2014 (2022), s. v. sobrino)»)。実は sobrino nieto は日本語で「てっそん (姪孫)」と言うのだということを、つい最近知った。

さて、フラメンコ関係のものを読むと tío abuelo がそれなりの頻度で出てくるのだが、単に tío と書かれることがある。最初は情報が混乱しているのかと思ったりしていたのだが、どうもそうではない。たとえば Juana Amaya を扱ったこのページ
https://elartedevivirelflamenco.com/bailaores77.html
には2008年の新聞記事らしきもののコピーがあり、記事の見出しは «Juana Amaya rinde hoy homenaje a su tío Diego del Gastor en la Fundación Cajasol» だが、本文中には «el guitarrista «Diego del Gastor», tío abuelo de la bailaora» というパッセージが見える。オリジナル記事は検索で出てこなかったが、コピーが正確だとすると、書き手は tío abuelo と分かった上で tío と書いていることになる。

というわけで、既に分かっている場合は abuelo を補って読めば良いのだが、おおおじなのかおじなのか分からない状態で tío とだけ言っているこのページ
https://elcorreoweb.es/historico/amaya-ensalza-al-gran-diego-del-gastor-IFEC127197
を見たら混乱するかもしれない。

ちなみに、こちらの記事は Juana が Diego の «Sobrina-nieta» だと言い (ハイフンはアカデミア的には不要)、
https://elpais.com/diario/2000/09/10/andalucia/968538141_850215.html
こっちは «sobrina» だと言っている。
http://www.buenosairesflamenco.com/tia-juana-la-del-pipa-remedios-amaya-y-juana-amaya-gitanas-al-arte-de-su-vuelo-xx-edici-n-2926

なので tío や sobrina が出てきなら気をつけないといけないわけだが、今回この記事を書くためにアカデミアの辞書を確認していたら、tío は «m. y f. Hermano de uno de los padres de una persona» や «m. y f. Cónyuge del tío de una persona» (この辺は日本語の「おじ・おば」に当たるだろう。«cónyuge del tío» はおじさんの配偶者だけでなく、おばさんの配偶者も含んだ言い方だ) の他に «m. y f. tío segundo» や «m. y f. tío abuelo» という語義も載っている (ちなみに tío segundo は «m. y f. Primo de uno de los padres de una persona» つまり親のいとこ)。

ここまで読んでスペイン語は緩いとかいい加減だとか思った人もいるだろう。気持ちは分かるし実際ちょっと不便なのだが、これは基本的には言語ごとに概念化の仕方が異なるということの反映なのだと思う。つまり、スペイン語の tío は日本語の「おじ」より意味の範囲が広くて、tío abuelo や tío segundo は tío の一種 (下位区分) なのではないか、ということだ。そこで、スペイン語のネイティブに tío abuelo は tío か、言い換えれば tío の下位範疇か、と尋ねてみた。答えは、違う、tío abuelo は tío abuelo だ、ということで、こちらの期待通りには行かなかったのだが、tío abuelo は abuelo よりは tío に近いという答えは得られた。もう少し粘ってみる価値はあるかも知れない。

親族名称は決して「自然な」区分を表しているわけではない。池上嘉彦がポリネシアの言語の例を紹介して「このような言語では〈父〉と〈父方のおじ〉、〈母〉と〈母方のおば〉はそれぞれわれわれの言葉での「チチ」、「ハハ」なみに扱われ、一方、同じように〈おじ〉や〈おば〉であっても、〈父方のおば〉と〈母方のおじ〉とは別扱いで、〈父〉や〈母〉なみには扱われない (池上 1978: 213)」と言っている。日本語に置き換えると、お父さんもお父さんの兄弟も「お父さん」で、お父さんの姉妹は「おばさん」、お母さんとお母さんの姉妹が「お母さん」で、お母さんの兄弟は「おじさん」という感じだろうか。これだけの情報だと、「おじさん」「おばさん」の範囲が日本語より狭いということになる (本当にそうかは分からない)。そのかわり「お父さん」と「お母さん」の範囲が広いわけだ。一方、ラテン語では父方のおじ・おば patruus, amitia と母方のおじ・おば āvunculus, mātertera を区別する。こういう言語の話者は「日本語って緩い」と思うのかもしれない。

  • 池上嘉彦, 1978, 『意味の世界』NHKブックス330, 日本放送出版協会.
  • RAE, 2014 (2022), Diccionario de la lengua española, 23.ª edición (actualización 2022). https://dle.rae.es/