2019年9月12日木曜日

Consonante larga vs. vocal larga

前の記事にいつくかコメントをもらった。予定を変えて「ッ」対「ー」の話を続けることにしたい。

僕を含めて、大学でスペイン語を専攻したあげくスペイン語で糊口をしのぐようになった人たちというのは、スペイン語の響きに対するイメージが身体感覚としてあって、それに基づいた美意識を持っている。その美意識に合わないものを受け入れるのは難しい。もちろん、イメージや美意識には個人差があるから、「ー」を多用してスペイン語の強勢のイメージをカナ書きにマッピングしたい人もいるし、僕みたいに「ー」は自分の頭の中で響いているスペイン語と似ていないことが多いからカッコ悪いと思う人もいる。

こういうイメージや美意識は、決してスペイン語そのものに内在しているのではなくて、我々が受けた教育に大きく影響を受けている。僕らの業界内での「ッ」に対する拒否反応は、僕ら自身が思っているほど客観的な事実に基づくものではない、というのが前の記事で言ったこと。正直に告白すると、僕は「オッホ」とか「セビッチェ」とかいう表記を見ると「ああ、素人さん」と思ってしまう。この感想は、スペイン語学の専門家に「ッ」を使う人はまずいない、という社会言語学的事実の反映ではあるけれども、そのように聞いてそのように表記する人がいるという言語学的事実に向き合うことを妨げる偏見でもある。今回、この年になってようやくそのことに気づいたので、反省を込めて前の記事を書いたという側面がある。

「オッホ」と「オーホ」と「オホ」がスペイン語話者にどう聞こえるかを誰か精密に研究してくれないかなと思っているところだ。

さて、そういう経緯があるので、前回の記事は少し「ッ」に肩入れした書き方をしたかなと思う。そこで、今回は「ー」派に有利にな情報を少し書いておこう。

まず、スペイン語の強勢母音が長くない、しかも日本語話者に長く聞こえないというデータは、スペイン人の、語単独の発音に基づくものだ。Navarro Tomás の本に出ている数値は元の論文 (Navarro 1916) を見ると自分自身が単語を区切って発音していたことが分かる。安富 (1992) は明示的に説明していないが、使った録音が出版物の付属テープということで、それは僕も見た (聞いた) ことがある。多分、語単独の発音の部分を使ったのだろうと思う。

スペインのスペイン語は母音が短いというのは多くの人が持っているイメージだろう。Troya Déniz (2008-2009: 309) は、カナリアスの母音はイベリア半島のより長く、プエルトリコのより短いと述べている (それでも長母音と言えるほど長くはないと言ってはいるが)。

また、語単独の発音ではなく、実際の喋りや文の読み上げでは、イントネーションや強調などの影響を受けて、母音の長さも変わり得る。«Digo la palabra ...» みたいなのの読み上げも含めて、単純に単独の語だけではない発音を材料にした研究で、強勢母音が無強勢母音より長いという報告をしているのは、Marín (1994-1995)、Cuenca (1996-1997)、García (2016)。この最後の García は、ペル (!) のアマゾン流域の方がリマよりも母音が長いとも言っている。また、語単独の発音だが、Krohn (2019) がコスタリカの発音について強勢母音が無強勢母音より長いと報告している。

ちょっとgoogleaっただけで見つかった論文がこういう結果を出していて、なあんだ、という感じではあるが、あくまで無強勢母音よりちょっと長いという話。「ー」を使いたくなるかどうかは、やはり人によるだろう。

というわけで、「ー」も「ッ」も現実をある程度反映していると言えるだろう。各自 (使うのであれば) 好きな方を使えば良いと思う。

あと、気持ちが入った発話だと臨時的に母音が長くなるという現象もある。ただし、これは強勢母音だけではなく、最後の無強勢母音が長くなることが多い。表記にもそれは反映されていて、ちょっと検索してみると «qué riiico» が81,900件、«qué ricooo» が895,000件、«qué riiicooo» が35,900件と、表記の点では最後の母音だけ伸ばすのが圧倒的だ。ちなみに «qué riiicccooo» は247件。

子音を長くするのは、僕の印象だと語頭で起こることがある。検索すると、こんなのが見つかった (セサル・アイラの Cómo me hice monja)。母音の引き伸ばしの例もふんだんにあるので、ちょっと長めに引用するが、子音のは最後の行に出てくる。

–Dingan “sí señorita”.
–¡Sí, señorita!
–¡Más fuerte!
–¡¡Síí seeñooriitaa!
–Digan “ñi sisorita”.
–¡Ri soñonita!
–¡Más fuerte!
–¡¡Ñoorriiñeesiireetiitaa!!
–¡Mááás fueeerteee!!
–¡¡Ñiiitiiiseetaaasaaañoooteeeriiitaaa!!
–Mmmuy bien, mmmuybien.


  • Cuenca, Mary Hely, 1996-1997, «Análisis instrumental de la duración de las vocales en español», Philologia hispalensis, 11, 295-307.
  • García, Miguel, 2016, «Sobre la duración vocálica y la entonación en el español amazónico peruano», Lengua y sociedad 14.2 (2014), 5-29.
  • Krohn, Haakon S., 2019, «Duración vocálica en el español de la gran área metropolitana de Costa Rica», Filología y lingüística de la Universidad de Costa Rica, 45.1, 215-224.
  • Marín Gálvez, Rafael, 1994-1995, «La duración vocálica en español», Estudios de lingüística de la Universidad de Alicante, 10, 213-226.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1916, «Cantidad de las vocales acentuadas», Revista de filología española, III, 387-408.
  • Navarro Tomás, Tomás, 1985, Manual de pronunciación española, 22.ª, CSIC.
  • Troya Déniz, Magnolia, 2008-2009, «La duración de las vocales tónicas en la norma culta de las Palmas de Gran Canaria», Philologica canariensia, 14-15, 297-312.
  • 安富雄平, 1992, 「スペイン語の母音の持続時間: 日本語の長音との比較において」,『ロマンス語研究』, 25, 81-86.