2019年3月19日火曜日

Montsalvatge

外国の固有名詞をどう表記するかという問題は、元の言語が何かという問題と切り離すことができない。まず、言語によって音韻体系と書記体系が異なるので、その言語の音・表記から日本語のカナへの対応をどうするか決める必要がある。それに加えて、その言語が置かれた社会言語学的な位置付けが事態を複雑にすることがある。

画家のミロは、昔は「ホアン・ミロ」と書かれることが珍しくなかったが、今では「ジョアン・ミロ」が普通だ。「ホアン」はスペイン語の Juan を書く書き方の一つ。「ジョアン」はカタルーニャ語の Joan を書く書き方の一つ。本来の名前である Joan に従った表記が一般的になったわけだ。一方、チェリストのカザルスは、カタルーニャ語に基づいた「パウ・カザルス」も見るが、スペイン語・カタルーニャ語混合の「パブロ・カザルス」が多い (スペイン語風の「カサルス」はまず見ない)。

さて、何日か前に「ハビエル・モンサルバーチェ」という表記を見た。やはりカタルーニャ出身の作曲家だが、完全にスペイン語風表記だ。濱田 (2013) は「パウ (パブロ)・カザルス (229)」と書く一方、「カタルーニャ人のハビエル・モンサルバーチェ (265)」としている。「ハビエル」はスペイン語 Javier に対応する表記で、カタルーニャ語では Xavier Montsalvatge [ʃǝβi'e munsǝl'βadʒǝ] だから、「シャビエ・ムンサルバッジャ (あるいはモンサルバッジェ)」ぐらいにしても良さそうなものだが、ハビエルが圧倒的に強い。

ちなみにスペイン語版Wikipediaでは Xavier Montsalvatge i Bassols というカタルーニャ語の書き方を採用している。日本語版では「ハビエル・モンサルバーチェ・バッソルズ (Xavier Montsalvatge i Bassols...)」としていて、カナ表記はスペイン語風、ローマ字はカタルーニャ語というチグハグなことになっている (なお「バッソルズ」はスペイン語風でもカタルーニャ語風でもない。どちらの場合も「バソルス」になるはず)。これは直した方が良い。

少し複雑なのはグラナドスの場合だ。濱田 (2013: 185) はグラナドスの蔵書印の図版を載せていて、そこには «EX-LIBRIS ENRIC GRANADOS CATALONIAN COMPOSER» という文字が見え、本人が Enric というカタルーニャ語名を使っていたことが分かる。しかも Spanish ではなくて Catalonian と言っているところが興味深い。ところが、カタルーニャ語版のWikipediaによれば、生まれた時の名付けは Pantaleón Enrique Joaquín だったという。生まれはカタルーニャだが、父は当時まだスペイン領だったキューバ出身、母はカンタブリア出身で、スペイン語で名前をつけるのは自然だったのだろう。まあ、本人が Enric を使っていたのなら「アンリック (エンリック)・グラナドス」で良かろうと思うが、慣用はスペイン語式の「エンリケ」だ。

「ムンサルバッジャ / モンサルバッジェ」「アンリック / エンリック」における母音の選択と促音の表記については、また稿を改めて論じたい。

  • 濱田滋郎, 2013, 『スペイン音楽のたのしみ』(新版), 音楽之友社.