2022年9月24日土曜日

O rromano kòdo

角悠介, 2022,『ロマニ・コード』, 夜間飛行。
著者は言語学者、ロマニ語の研究が専門で、ルーマニアでロマにロマニ語を教えている。とはいえ言語学的な話はほとんどなく、彼が出会ったロマ達の話が中心だ。それがとにかく面白い。本当に面白い。

中身は各自読んでもらうことにして、本のタイトルにある「ロマニ」はロマニ語のロマニだが、もともと「ロマの」という形容詞の女性単数形だ。つまりここでは「コード (行動規範みたいな意味だろうか?)」にかかる形容詞 (日本語としては「形容詞」とは言わないが) だ。面白いのは、表紙にはロマニ語のタイトルも書いてあって、それが上に掲げた o rromano kòdo で、そう、「ロマニ」ではなくて「ロマノ」になっているのだ。これは同じ形容詞の男性単数形なので kòdo が男性名詞だということが分る (o は定冠詞男性単数形)。じゃあ何故「ロマノ・コード」にしなかったのか?

「ロマニ」は「ロマニ語」という形で言語を指すのに使われていて、それなりに定着している。スペイン語の romaní や英語の Romani (Romany) も同様だ。ロマニ語でロマニ語を意味する rromani ćhib (ćhib は「舌・言語」を意味する女性名詞) から来ているのかも知れないが、良く分らない。いずれにせよ、「ロマノ」より「ロマニ」の方が馴染があるわけだ。ロマニ語では形容詞が性数変化するが、日本語でいちいちそれに対応するわけにもいかない。ということで「ロマニ」で統一するのは理解できる解決方法だ。

さて、やっぱりちょっとだけ中身を紹介すると、伝統的なロマのグループには「ロマニ・クリス (ロマ法廷)」というのがあるのだという (rromani kris で kris は女性名詞ということになる)。詳しいことは読んでもらうことにして、法廷なので証人が出てくる。

証人は証言をする前に「誓い」をするが、この「誓い」は「呪い」にほかならない。もっとも一般的なものは「もし私が嘘をついたら、神が私を打ちのめすように!」といったものである (角 2022: 161)。

これを読んで思い出したのが、トナ・マルティネテの締めで歌われることのある歌詞だ。勿論バリエーションはあるが、例えばこんな感じ: Si no es verdad, / que Dios me mande un castigo, / si me lo quiere mandar (飯野1994: 71).

ただし、この歌詞が「ヒタノ法廷」の名残りを示すものなのかどうかは分らない。Antonio Mairena (1909-1983) の全集では上のを含めて4つ確認できるが、Machado y Álvarez (1881) はトナ・マルティネテ系の歌詞としては拾っておらず、1例だけ4行のソレアに次のものがある (ただし神は出てこない): Jasta el arma m’ha yegao / La rais e tu queré / Si no es berdá lo que digo / Mala puñalá me den (Machado y Álvarez 1881: 89). これは一応標準語に直しておくと: Hasta el alma me ha llegado / La raíz de tu querer. / Si no es verdad lo que digo / Mala puñalada me den. になる。というわけで、Mairena の歌った歌詞の古さを手元の資料で確認することはできなかった。

  • 飯野昭夫, 1994, 『マイレーナ・フラメンコ全歌詞集』, アクースティカ.
  • Machado y Álvarez, Antonio, 1881, Colección de cantes flamencos, edición facsímil, Extramuros, 2007.
  • 角悠介, 2022,『ロマニ・コード』, 夜間飛行.