2013年3月10日日曜日

Vosotros


前の記事で触れたシンポジウムで僕自身は大したことは喋らなかったが、ネタ集めのために日本の大学用のスペイン語教科書をチェックしていて驚いたことがある。

スペイン語の人称代名詞は、相手を表す形が単数では tú と usted の2種類 (地域によっては vos と usted の2種類、あるいは tú, vos, usted の3種類) ある。複数形は、スペインでは vosotros と ustedes の2種類あるが、中南米では ustedes だけになる。つまり、中南米では複数形において親疎の区別がない。これを大学のいわゆる2外の教科書がどう扱っているかというと、比較的最近出版されたものの中から適当に20冊選んで見た中では、みんな vosotros を載せていて、その中で「中南米では vosotros を使わない」的な注記をしているものは、ちらほらあるだけだ。つまり、スペイン式の体系しか扱っていない教科書が圧倒的に多いのだ。なお単数の vos の存在については、たまたま見た中では1冊だけ言及していた。

報告では、スペイン中心と形容したのだが、むしろ、できるだけ中身を削るという姿勢の教科書が多いということなのかもしれない。とは言え、どうせ削るのなら vosotros をやめて中南米式の体系で通すという手もあるだろうと思うのだが、大学の教科書としては冒険なのだろうか (社会人向けのコースなら十分ありそうだが)。確かに、すべての受講者が中南米のスペイン語を志向しているという保証がない状態では、vosotros を教える方が安全に思えるというのは分かる。見ておいて使わないということはできるが、存在を知らないのでは出会ったときに対処のしようがないからだ。でも、ちょっとした注記さえないのでは、学習者には選択の余地がない。結局現場で教師が説明するのなら、注記を省く意味もない。

というわけで、もっと中南米指向の教科書があれば面白いのにと思っていたのだが、数日前あることに気づいた。僕の勤める大学には言語文化学部と国際社会学部があって、後者では募集が地域単位なので、ラテンアメリカ地域専攻と西南ヨーロッパ第2専攻それぞれに定員がある。そして、ラテンアメリカの方が定員が多い (どちらもスペイン語とポルトガル語を合わせた数)。一方、言語文化学部は言語単位での募集で、学生はさらに地域を選ぶのだが、地域別の数は特に制限があるわけではない。で、2012年度言語文化学部でスペイン語を地域言語として入って来た学生のうち、8割方が西南ヨーロッパ第2を選択している。つまり大部分がスペインを選んでいるのだ。もちろん、これは入学前の指向であって、入ってから1年近くたった今地域を選ばせたら、より均衡のとれた割合になる可能性はある。しかし、始める段階でのこの偏りがマーケットの実情であるとすれば、大学の教科書がスペイン寄りなのは単にそれを反映しているだけなのかもしれない。もちろん、そうだとしても、このままでいいとは思わないのだが。