2013年3月13日水曜日

Diferente


Vario の記事に対してコメントをいただいた。その中で diferente はどうなのか、と質問された。

そこで少し考えてみる。全部憶測だから眉に唾をつけながら読んで欲しいが vario と diferente は違う。これをスペイン語にすると «Vario y diferente son diferentes; Vario es diferente de diferente» は言えると思うが «Vario es vario de diferente» は言えないような気がする。

どういうことかと言うと、diferente は「・・・と違う」つまり他との差異を表すのが基本で、異なる相手 (de ...) を必要とする。De 以下を言わないこともあるが、その時は文脈で分かるはずだ。日本の学習文法では一般的な用語ではないが、こういう必須要素を項という。たとえば他動詞に対する直接目的語 (comprar un libro とか) は項だ。で diferente は de... という項をとる (a... が出てくることもある)。

それに対して、僕の感じでは vario は異なる相手を表す項を持たない。ということは vario が表す「異なり・変異」は内部的な変異ということになるはずだ。だとすれば、これが単数形で使われることが少ないのも理解できる。CREA で vario を検索すると50例で、たとえば «Del vario abanico de tendencias» とか «este mundo vario y multiforme» とかが内部的変異の例として分かりやすい。それに対して varios は34075例出てきて、検索条件を絞らないと例文を見ることができない。そう、複数形なら、ひとつの集合にある要素間の差異がその集合の内部的変異と考えることができるわけだ。

それに対して diferente は単数でも複数でも「他との差異」が表現される。単数の場合は単純に de... との差異だが、複数になると事情はちょっと複雑になる。まず、その複数のものがひとかたまりになって他と異なるという読みがある。たとえば las chicas son diferentes de los chicos とか。もうひとつの可能性は、複数の要素間の異なりという解釈。たとえば son hermanos, pero muy diferentes とか。なので son diferentes だけだとどちらの読みになるかは分からない。文脈次第ということになる。

これは diferente の特殊事情ではなくて、複数性が持つ一般的な性格だ。たとえば Juan y María se casaron は、ぱっと見たら Juan と María が夫婦になったと思うのが普通だろうけど、この2人が兄弟だと知っている人が聞いたら、それぞれ別の相手と結婚したと考えるだろう。あるいは Juan y María se casaron el mismo día だったら、やっぱりこの2人が夫婦になったとは聞こえないだろう。

さて、出発点は「いくつかの」の varios を「様々な」と訳す学習者の話だった。僕の日本語では「様々な」は数が多い感じがするのでピンと来ないのだが、日本語話者の一般的な感覚がどうなのかは分からない。「さま・ざま」や「いろ・いろ」などに見られる繰り返しは複数性だけではなくて要素間の差異を表しているような気がするので varios と重なる部分は確かにあるのだろう。