2026年1月25日日曜日

Pienso, luego diptongo

前々回の話を書いた後、深入りしなかった言語学的な部分を補っておこうと思って書き始めていたのだが、勉強のし直しにちょっと時間がかかった。

カスティリャ語 (スペイン語) の初級文法で出てくる語根母音変化動詞というやつがある。negar が niego になる e/ie が交替するやつ、volver が vuelvo になる o/ue が交替するやつ、そして medir が mido になる e/i が交替するやつだ。あと jugar / juego, adquirir / adquiero みたいのもあるが、教科書でパタンとして提示するのは最初の3つだろう。

このうち e/ie と o/ue の交替は、ラテン語の短い ĕ ŏ がカスティリャ語で二重母音 ie ue に変化したことと関係がある。

ラテン語カスティリャ語
強勢あり強勢なし
īii
ĭee
ē
ĕie
āaa
ă
ŏueo
ōo
ŭ
ūuu

とは言え、そうなったのは強勢があるところの話で、無強勢の場合は二重母音にならなかった。そうすると、ラテン語で短い ĕ (ŏ) を持っていた項目はカスティリャ語では強勢の有無によって ie (ue) になったり e (o) になったりすることになる。例えば siete / setenta, sierra / serrano, nueve / noventa, bueno / bondad とかは、この現象と関係がある。そして、動詞の場合は活用形によって問題の母音が強勢を持ったり持たなかったりするので、交替が起きるというわけだ。例えば negar の直説法現在だとこんな感じ。

ラテン語カスティリャ語
inf.negārenegar
1sgneniego
2sgnegāsniegas
3sgnegatniega
1plnegāmusnegamos
2plnegātisnegáis
3plnegantniegan

前の記事ではラテン語の動詞に言及するのに辞書の見出し語形である直説法現在1人称単数形を使っていたが、今回は後述の文献にならって不定詞を挙げることにした。また、アクセントのある母音を太字にしておいた。ラテン語とカスティリャ語の対応する動詞の形式間でアクセントの位置が一致するとは限らないが、上の場合はたまたまそうなっている。ちなみに negar と同じ活用をする denegar に対応するラテン語 dēnegāre の直説法現在は dēnegō, dēnegās, dēnegat, dēnegāmus, dēnegātis, dēnegant で、このままでは deniego, deniegas, ... にはならない。イタリア語の denegare には denego パタンと denego パタンの両方があるようだが、カスティリャ語では活用形のアクセントの位置は画一的に決まっている。

基本的にはカスティリャ語はラテン語のアクセントの位置を良く保っている («Throughout the development from Latin to Spanish, the position of the accent is highly stable; the accent of a Spanish word falls on the same syllable it occupied in the Latin ancestor of that word (Penny 2002: §2.3.1, 1678/15873)») のだが、動詞体系の圧力は大きいということだ。

ここまでは入門書に書いてあるレベルの話だが、実は e/ie (o/ue) が交替する動詞は、ラテン語の ĕ (ŏ) を持つものとは限らない。この交替のパタンが ĭ, ē (ŭ, ō) つまりアクセントのある位置で e (o) になるはずの母音を持つ動詞にも拡がったのだ。類推というやつだ。例えば rigāre > regar (riego) や cōlāre > colar (cuelo) (Penny 2002: §3.7.8.1.4, 5661/15873)。逆に ĕ (ŏ) なのに交替が起きなくなった vetāre > vedar (vedo), apportāre > aportar (aporto) のような例もある (Penny 2002: §3.7.8.1.4, 5690/15673)。

さて、本来 ie にならないはずなのに交替する動詞の例として挙げられるものの中に pensar がある。Penny (2002: §3.7.8.1.4) も寺﨑 (2011: 164) も、長い ē を持つ pēnsāre という形を挙げている。 Väänänen (1968: 113) も、カスティリャ語の ie/e とは異なる文脈だが pēnsāre としている。ところが、辞書を見ると Lewis & Short も VOX のも研究社のも penso あるいは pensō つまり e が短いのだ。正直に言うと、僕は辞書の表記の通り pensō の e は短いと思っていたので e/ie 交替に何の疑いも持っていなかったのだが、不勉強を反省した。

辞書と概説書の食い違いを説明するのが代償延長 (alargamiento compensatorio) という現象だ。ラテン語の pensāre がカスティリャ語の pensar になったという話をしているわけだが、実は pensar よりも正統というか順当な変化結果があって、それは pesar だ。何故こっちの方が順当なのかというと、ラテン語の -ns- は -n- が落ちて -s- になったからだ。この -n- の脱落は既に紀元前3世紀に見られ («La conversión en muda de la n delante de s [...] es uno de los rasgos más constantes en los textos “vulgares”. Lo documentan las inscripciones de todas clases desde el siglo III a. C. (Väänänen 1968: 113)»)、脱落の際にその代償として前の母音が長くなった («At a very early period n in such an environment had lost its consonantal value (a common development in many languages) and had been replaced by a mere nasalization of the preceding vowel, which was at the same time lengthened by way of compensation for the lost consonant (Allen 1978: 28)»)。この発音は古典期の教養ある人たちにも見られた («In popular speech the nasalization was eventually lost, and we are told that even Cicero used to pronounce some such word without an n (Allen 1978: 28)»)。しかし正式な書き言葉では -n- が保たれ、それが識字層の発音にも影響を与えた («in the official orthography the n was preserved or restored, and this has its effect on most educated speech of the classical period (Allen 1978:29)»)。つまり古典ラテン語の頃は -n- のない普通の発音と -n- のある頑張った発音があったわけだが、後者の場合でも前の母音は長かった («the classical pronunciation WITH n also has a long vowel (Allen 1978: 29)»)。Allen は consul を例に、次のようにまとめている: «prehistoric cŏnsul ; early Latin cō̃sul; classical colloquial cōsul; classical literary cōnsul (Allen 1978: 30)»。

というわけで、辞書の記述は恐らく伝統的な見方に従っていて、言語学的に実際の発音だと推定されるものを表していない。古典期のラテン語 pensare の発音は実際には pēsāre あるいは pēnsāre だった。前者は素直に pesar になり、もとが長い ē を持つので e/ie の交替もない。一方 pensar は、Väänänen (1968: 113) が «doblete “culto”»、Corominas & Pascual (1980-91: s. v. pesar) が «duplicado semiculto» と呼ぶように (半) 教養語で、この動詞が示す e/ie の交替は短い ĕ に由来するものではなく、類推によって生じたものだということになる。

ラテン語 -ns- が関わる例としては、他に monstrāre > mostrar がある。辞書では monstrō の最初の母音は短いが、Penny (2002: §3.7.8.1.4, 5639/15873) は mōnstrāre としている。カスティリャ語の mostrar は pesar と同様 -n- の無い「自然な」形だが、もとが長い ō で母音の交替がないはずのところ pensar と同様に交替のあるグループに吸収されたということになるだろう。

今回はこのくらいにして medir や pudrir の話は次回に回すことにするが、あっ、タイトルの diptongo は名詞ではなくて diptongar の活用形です、念のため。

  • Allen, W. Sydney, 1978. Vox Latina. A Guide to the Pronunciation of Classical Latin, 2nd edition, Cambridge University Press.
  • Corominas, Joan & Pascual, José A., 1980-91. Diccionario crítico etimológico castellano e hispánico, Gredos.
  • Lewis, Charlton T. & Short, Charles, 1879. A Latin Dictionary, Clarendon Press.
  • 水谷智洋 (編), 2009. 『羅和辞典〈改訂版〉』, 研究社. (versión iOS, 物書堂)
  • Penny, Ralph, 2002. A History of Spanish Language, 2nd edition, Cambridge University Press. (versión Kindle)
  • 寺﨑英樹, 2011. 『スペイン語史』, 大学書林.
  • Väänänen, Veikko, 1968. Introducción al latín vulgar, versión española de Manuel Carrión, Gredos.
  • Vox, 1992. Diccionario ilustrado latino-español español-latino, Biblograf, 19ª edición.

2026年1月10日土曜日

Lo que se denomina

NHKのラジオニュースを聞いていたら、国連安保理でアメリカ合衆国の国連大使がマドゥロが「非合法ないわゆる大統領」だと言ったという日本語が聞こえてきた。この「いわゆる」の使い方は変だと思うのだが、オリジナルは so-called だろうということは想像がついた。そこで検索してみると、アメリカ国務省のページに彼の発言が載っていて、予想通り so-called を使っていた。

Colleagues, Maduro is not just an indicted drug trafficker; he was an illegitimate so-called president. He was not a head of state.
(https://usun.usmission.gov/remarks-at-a-un-security-council-briefing-on-venezuela-2/)

手元にある『ウィズダム英和辞典』では so-called は次のように説明されている:

  1. ...と称する、かっこ付きの、自称...の (実際にはその表現に当てはまらないと話し手が思っていることを示す)
  2. いわゆる、世間一般に言われる

挙げられている語義はこれだけではないが、とりあえずこの2つがあれば話はできる。上の発言での so-called が最初の意味で使われているのは明らかで、日本語の「いわゆる」では、少くとも僕にとってはそのニュアンスが出ない (文脈上そのように理解はされるけれども)。

そこで確認のためにNHKが使った表現をチェックしたら、大統領が「かっこ付き」になっていた。ラジオではかっこは聞こえなかったのだが。

アメリカのウォルツ国連大使はマドゥーロ大統領について「彼は非合法ないわゆる“大統領”で、国家元首ではなかった。だからこそ、残虐な政権から逃れた何百万ものベネズエラ人が世界中で祝っているのだ」と述べ、軍事作戦を正当化しました。
(https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015019591000)

せっかくなので、この so-called はスペイン語でどうなるのか考えてみよう。まず、上の英語を ChatGPT と Gemini に訳させてみた。結果は以下の通り:

  • ChatGPT: Colegas, Maduro no es solo un narcotraficante acusado; fue un supuesto presidente ilegítimo. No era jefe de Estado.
  • Gemini: Colegas, Maduro no es solo un narcotraficante acusado; era un supuesto presidente ilegítimo. No era un jefe de estado.
  • Gemini (alternativa): ...el así llamado presidente...「いわゆる〜と呼ばれる」という「So-called」の直訳に近い表現です。

両者ともまず supuesto を使ってきた。Gemini は「その他のバリエーション」も出していて、so-called に対して «así llamado» を提案している。

Supuesto について手元の西和辞典は次のように説明している。

  • 『西和中辞典』
    1. ⦅多くは+名詞⦆ 仮定の, 推測 [想像] に基づいた; うわさの, ...の嫌疑のある (=presunto)
    2. ⦅+名詞⦆ 自称...
  • 『現代スペイン語辞典』
    1. にせの: bajo un nombre ~ 偽名を使って
    2. [+名詞] 想定された
    3. 自称...
  • 『スペイン語大辞典』
    1. 偽りの, にせの: 1) bajo un nombre ~ 仮名で, 偽名を使って. 2) 自称...
    2. [+名詞] の容疑 (嫌疑) がかかった

どれも「自称」を挙げていて、とりあえず我々の目的に適う。ちなみにスペインの辞書は

  • DLE
    1. Considerado real o verdadero sin la seguridad de que lo sea
  • Moliner (多分初版)
    1. Participio adjetivo de “suponer”
    2. Se aplica a un nombre cuando la cosa de que se trata lo lleva indebidamente o, por lo menos, hay la sospecha de que ocurre así: “El supuesto príncipe”. *Pretendido, pseudo, sediente, seudo

で、アカデミアのは今問題になっているニュアンスについての言及がないが、Moliner はしっかり拾っている。

ちょっと話がずれるが、個人的には『現代』と『大辞典』の「にせの」が気になった。Nombre supuesto という例は DLE や Moliner の記述にはひとまず見つからない。だが、Enciclopedia jurídica というサイトに説明があった。


つまり nombre supuesto という表現は「偽名」に相当するし、Moliner の説明と矛盾しないわけだが、 supuesto が名詞の後ろにあって so-called の訳語に対応する使い方ではないと考えられる。辞書の記述が supuesto の前置・後置に関してもう少し精度を上げてくれると助かるな。

Gemini が提案した así llamado だが、手元の西和辞典には載っていないようだ。そのかわり llamado には「...という名の」や「いわゆる」がある (「自称」はない)。一方、Moliner は así llamado を載せている:

  • llamado, -a Participio de “llamar”. Conocido por cierto nombre que se expresa: “Un país llamado Liliput”.
    Así llamado. Expresión muy frecuente: “Así llamado del nombre de su descubridor”. A veces, implica que el nombre de que se trata está aplicado con impropiedad. *Falso.

そして時に、その呼び方が相応しくないというニュアンスを帯びるようだ。

さて、アメリカの国連大使の発言についての報道を見てみると、supuesto も llamado も見つかる (así llamado はざっと見た限りでは見当らない)。


あるいは「かっこ付きの」にした例もある。


しかし、印象としては so-called を無視している例が多い。


この文脈では ilegítimo があれば充分だろうから特に問題はないということはある。

さて、いくつか例を見ているうち、アメリカ国務省がスペイン語訳を出していることが分った。これだ。

Distinguidos colegas, Maduro no es solo un narcotraficante imputado; sino que también fue lo que se denomina un presidente ilegítimo. Él no era un jefe de Estado.
(https://www.state.gov/translations/spanish/declaraciones-durante-sesion-informativa-sobre-venezuela-en-el-consejo-de-seguridad-de-la-onu)

ええっと、これはどうなんだろう。素直に読めば「合法性を欠く大統領と呼ばれるもの」になりそうで、オリジナルは「合法性を欠く、そう名乗っているだけの大統領」のはずだから、ちょっと違うのではないだろうか。まあ、この文章に責任を持つ組織が自分で訳したのだから、僕がどうこう言う筋合いでもないのだが。

  • 井上永幸ほか (編), 2019. 『ウィズダム英和辞典』第4版, 三省堂. (versión iOS, 物書堂)
  • 宮城昇ほか (編), 1999. 『現代スペイン語辞典』改訂版, 白水社. (versión iOS, ロゴヴィスタ)
  • Moliner, María, s. f., Diccionario de uso del español, Gredos (primera edición 1966-67). (https://www.ellibrototal.com/ltotal/ & versión iOS, Fundación El Libro Total)
  • REAL ACADEMIA ESPAÑOLA: Diccionario de la lengua española, 23.ª ed., [versión 23.8.1 en línea]. <https://dle.rae.es> [2025/01/10]
  • 高垣敏博 (監修), 2007. 『西和中辞典』第2版, 小学館. (versión iOS, 物書堂)
  • 山田善郎ほか (監修), 2015. 『スペイン語大辞典』白水社. (versión iOS, ロゴヴィスタ)

2026年1月3日土曜日

Pudrido

前回の記事について、グアテマラ在住の卒業生から、自分の住んでいるあたりでは pudrir も podrir も聞くこと、もしかしたら pudrido もあるかもしれないというコメントをもらった。この人はマヤ系のケクチ語 (q’eqchi) が話されている地域に住んでいて、pudrido を言うとしたらスペイン語を母語としていない人が多いからなのかも、とも言っていたのだが、これは別にそういうわけでもなさそうだ。

アカデミア的には pudrir も podrir も pudr- 系と podr- 系両方の形を持っているが、pudr- 系しか現れない活用形がある (直説法現在と命令法で -u- にアクセントがある形と接続法全部)。そして過去分詞は逆で、podr- 系の podrido しか表に載っていない。だが、アカデミアが表に入れないことは、必ずしもその形が存在しないことを意味しない。現に、前の記事の引用: «En español culto europeo predominan las formas en -u- en toda la conjugación, con la excepción del participio. En la norma culta americana también se prefieren las formas en -u-, pero se registran igualmente las variantes con -o- (RAE & ASALE 2025: §§4.15, 54)» に見られるように、これは «culto» なスペイン語の話なのであって、そうではない「民衆的な」「俗語的な」スペイン語に現れないという保証はないわけだ。

というわけで CORPES XXI で pudrido, pudridos, pudrida, pudridas を検索してみると、1例だけだが見つかった。

Peor lo lleva Susana, porque está saliendo con un chico que la tiene «pudrida y achicharrá», ... (2007, Esp.)

小説の一部だが、引用符のおかげでこれが標準的な言い回しではないことが見てとれる。規範的なスペイン語なら podrida y achicharrada ということになるだろう。

21世紀に入ってからはこんな感じだが、それ以前はどうか。CDH で探すと35例見つかった。CORPES XXI のと合せて36個を表にしてみる。

pudridopudridospudridapudridas
1379Es1
1562Es1
1570Es1
1576Mx6439
1602Es1
1605Es1
1611Es2
1611Fi1
1614Es1
1619Es1
1632Es1
1890Ur1
1995Es1
2007Es1

1576年の22例はすべて同一のテクストからのもの (SAHAGÚN, FRAY BERNARDINO DE, Historia general de las cosas de Nueva España)。1611年の2つも同一の作品に現われた例。

20世紀の唯一例も面白い。

La Madre ¡Bueno, pues sí, lo tengo, y con él mucho más; ha sido un mal bicho conmigo, y por lo que a mí respecta, se hubiera podrido en la calle. ¿Se dice podrido o pudrido? Bueno, es igual; corrompido. No, corrompido no, que corrompido ya estaba; bueno, se hubiera muerto de asco en cualquier rincón de la calle. (Al padre) ¿Me oyes? ¿Me oyes?

この例は戯曲 (MÁRQUEZ, JORGE, La tuerta suerte de Perico Galápago) の中の科白で、La Madre が (多分) 裁判の場で喋っているところ。「彼」は夫で、前後の文脈を見ることができた範囲で想像すると、このクズな夫について本心を言うとその辺で野垂れ死にすればよかった (のに家に置いて世話をした) みたいなことを言っているみたいだ。で、まず se hubiera podrido と言った後、裁判のようなお固い場なので「正しく」言えたかどうか気になって podrido と pudrido どっちだっけ、となったのだろう。つまり pudrido が存在しなればこの科白は出てこない。

一応まとめると、pudrir/podrir は元々 -o- を持つはずの動詞だが、yod の影響で一部の形が -u- になり、それが yod のない形にまで広がった。Medir などの e/i 交替を見せる動詞では全て -i- に置き換わることはなく、交替のパタンが定着したが、subir や pudrir/podrir は -u- による規則動詞化の道を進む。Subir はその過程が完遂したが pudrir は過去分詞 podrido を始め podr- 系の形が生き残っている。だが、これは現代語の規範から見た景色にすぎない。実際には pudrido もあるし、かつては midir や midido もあった。そのうち pudrir という規則動詞が誕生しないと断言することはできない。

  • RAE (2013): Corpus del Diccionario histórico de la lengua española (CDH) [en linea]. <https://apps.rae.es/CNDHE> [2026/01/03]
  • RAE: Banco de datos (CORPES XXI) [en línea]. Corpus del Español del Siglo XXI (CORPES). <http://www.rae.es> [2026/01/03]
  • RAE & ASALE, 2025, Nueva gramática de la lengua española, edición revisada y ampliada. (versión Kobo)

*表の整形 (2026/01/04)

2026年1月1日木曜日

Pudrir o podrir

随分前 (今確認したら2013年) に動詞の活用形を生成するプログラムを Ruby で書いた。Moodle に練習問題を上げたり、小テストなどの準備に使ったり、日常業務の遂行のために無いと困るツールとなった。2025年3月に退職して、仕事で使うことはなくなるだろうと思っていたが、たまたま某大学の非常勤で初級スペイン語を教えることになり、また利用している。

さて、このプログラムは「小テストを作るために取り敢えず動くものを急ごしらえで作った (川上 2013: 65)」もので、不十分な点がいくつかある。例えば erguir の直説法現在1人称単数形には yergo と irgo の2形があるが、とりあえず yergo しか出てこない。つまり、複数の形式が「正しい形」として認められている場合でも、1つの形しか生成できないのだ。ちなみに erguir は語根母音変化動詞だが、e が ie になるパタン (yergo) と e が i になるパタン (irgo) が併存していて、母音変化が関係するすべての活用形において両方のパタンが生きている。なお、DLE では両方の形が並記されているが、NGLE は ye のパタンのみを表に入れ、注で «Son poco usadas, pero correctas igualmente las formas irgo (RAE & ASALE 2025: §4.15, 33)» としている。

まあ、初級の授業をやっている限りでは特に不自由はないのだが、この冬休み、思い立ってプログラムの改良に着手し、複数形式の生成に対応した。基本的には NGLE のモデルに挙げられているものを DLE で確認しのだが、前述の erguir (33) の他に placer (48), yacer (71) などがあてはまる。Placer は直説法単純過去と接続法過去の3人称単数形で、規則的な plació, placiera/-se の他に plugo, pluguiera/-se がある (NGLE の表は pluguiera/-se の置きどころが変なので DLE に従う)。Yacer は直説法現在1人称単数形が yazco, yasgo, yago の3つ。これに対応して接続法現在と命令形も複数の形式を持つ。

もう1つ、タイトルに挙げた pudrir と podrir が複雑な問題を提供する。NGLE は pudrir/podrir として1つの表 (54) で扱っている。で、たとえば不定詞は pudrir o podrir で、直説法単純過去は pudrí o podrí, pudriste o podriste, pudrió o podrió, pudrimos o podrimos, pudristeis o podristeis, pudieron o podieron となっている。つまり pudrir の直説法単純過去1人称複数形も podrir のそれも pudrimos と podrimos の2つで、pudrimos の不定詞も podrir の不定詞も pudrir と podrir の2つということだ。

このプログラムは取り敢えず、たとえば hablamos が hablar の直説法現在または単純過去であるとか sienta が sentar の直説法現在あるいは sentir の接続法現在というような、活用形から複数の可能性を導き出すことはできない。なので pudrimos から pudrir と podrir の両方を示すことは当面諦めて、pudrir と podrir を別のエントリーで扱うことにした。ただし、生成する活用形は完全に同一だ。というわけで、pudrir と podrir はそれぞれ erguir や yacer と同じように振る舞うことになった。

のでプログラム改良は取り敢えず一段落なのだが、ひとつ大変なことに気付いたのだ。僕は今までずっと、接続法過去形は直説法単純過去 (点過去) の3人称複数形を元に作ることができ、その意味で不規則は無いと言ってきた。今行っている非常勤先で使っている教科書にも同じ趣旨の記述がある。ならば pudrir/podrir の直説法単純過去3人称複数形 pudrieron, podrieron から接続法過去 pudriera/-se, podriera/-se が作れるはずだが、NGLEDLE も pudriera/-se 系の形しか挙げていない。つまり pudrieron から作ることはできるが podrieron からは駄目なわけで、これはある種の不規則に他ならない。従って、僕は30年以上にわたって事実と異なることを教室で言い続けていたことになる。分った上で隠していたわけではなく、この例を認識していなかったので、けっこうショックだ。

さて、pudrir/podrir のこの不規則性に僕が気付いていなかったのは単なる不勉強のせいとは言い切れない (不勉強なのは確かだが)。『西和中辞典』のアプリ版は pudrir の全活用形を挙げているが、過去分詞が podrido であること以外は規則的な形しか載っていない。Podrir については過去分詞 podrido のみ記載されている。『現代スペイン語辞典』と『スペイン語大辞典』はどちらも、pudrir の項で過去分詞を podrido とし、podrir の項では「不定詞・過去分詞としてのみ」としている。つまり、pudrir は過去分詞だけが podrir から持って来たような不規則形で、podrir は不定詞と過去分詞しかない欠如動詞というわけだ。

この扱いの元になったであろう記述は Esbozo に見つかる: «A diferencia de e/i (I), la variación o/u (II) no aparece nunca sola, sino concurriendo siempre con o/ue (IV). Los antiguos verbos en -o-ir con variación o/u han adoptado la vocal -u- en todas las formas, a diferencia de los en -e-ir con variación e/i. Contrasta hoy, por eso, la flexión de mido ... medimos ... miden con la de subo ... subimos (ant. sobimos)... suben. Solo el verbo pudrir conserva de una manera muy incompleta la antigua variación, por su infinitivo podrir (muy frecuente en América), que alterna con pudrir, y por su participio podrido, la única forma que se ha salvado hasta ahora de la nivelación vocálica (RAE 1973: §2.12.3, p. 288, fn. 68)».

どういうことかと言うと、pudrir/podrir や subir は medir が e/i の母音交替をするのと同様に o/u の交替があったのだが、結局 u に統一された (podrir と podrido を除く) という話だ。端折って説明すると、medir はラテン語に遡れば mētior で、長い ē はカスティーリャ語では基本的に e になるが、直説法現在1人称単数形では、後ろの音節に生じた yod のせいで -e- が -i- になり、e/i の交替につながった (RAE 1973: §2.12.3, p. 276, fn. 10)。Subir の元になった sŭbeō も pudrir/podrir の元になった pŭtreō も短い ŭ を持つので、これはカスティーリャ語で o になるはずのところ yod の影響で -u- になって o/u の交替につながる。しかし、e/i の交替が現代まで続いているのに対し、o/u の交替は -u- に揃うことで消滅した。とは言え -u- への統一は完全ではなく、podrir と podrido は残り、不定詞は pudrir/podrir の併存、過去分詞は podrido だけという状況に到ったというわけだ。

これが1973年当時の RAE の見解で、日本の辞書も恐らくそれに従っている。しかし、その後の研究の進展で podr- 系の形が生き残っていることが確認されたのだろう。NGLE は2009年の初版から直説法現在の1・2人称複数と直説法のその他の時制すべて、そして命令法の vos, vosotros/as (言い換えれば直説法と命令法において語根にアクセントがない場合すべて) について pudr- と podr- を並記している。表に付けられた注では «En español culto europeo predominan las formas en -u- en toda la conjugación, con la excepción del participio. En la norma culta americana también se prefieren las formas en -u-, pero se registran igualmente las variantes con -o- (RAE & ASALE 2025: §§4.15, 54)» としていて、podr- 系が主にラテンアメリカに見られるということが分る。

注意すべきなのは、pudrir/podrir における o-u の併存は、medir などに見られる e/i の交替と大きく分布が異なるということだ。通時的な観点からは、ある時期まで medir と subir, pudrir/podrir は同じメカニズムに乗って変化したと言えるかもしれないが、その後辿った道が異なるように、現在の medir と pudrir/podrir は完全に異なるパタンに従っているのだ。

そういうことで、これからは接続法過去形の作り方を説明するときは「不規則は無いと考えといて問題ない」とか言うことにしたい。

  • 川上茂信, 2013, 「Moodle に対応したスペイン語動詞活用形生成プログラムの開発」, 『東京外国語大学論集』87, 63-82. https://tufs.repo.nii.ac.jp/records/6536
  • 宮城昇ほか (編), 1999. 『現代スペイン語辞典』改訂版, 白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)
  • RAE, 1973, Esbozo de una nueva gramática de la lengua española.
  • RAE & ASALE, 2009, Nueva gramática de la lengua española.
  • RAE & ASALE, 2025, Nueva gramática de la lengua española, edición revisada y ampliada. (versión Kobo)
  • RAE, Diccionario de la lengua española, 23.ª ed., [versión 23.8.1 en línea]. <https://dle.rae.es> [2025/12/31].
  • 高垣敏博 (監修), 2007. 『西和中辞典』第2版, 小学館. (iOS version, 物書堂)
  • 山田善郎ほか (監修), 2015. 『スペイン語大辞典』白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)

*ラテン語の長音記号を付加 (2026/01/03)

2025年10月22日水曜日

La primera primera ministra

日本で初めての女性首相が誕生した。そこで先ず気になるのは「初の女性首相」はスペイン語で何と言うかだ (先ず気になるのはそんなことじゃないという人が大半だということは知っているが、このブログはこういう所なのでご容赦いただきたい)。

学習者的に思い付くかもしれないタイトルのような言い方はしないだろう。Primera ministra は女性形だが、これは文法的な理由でこうなっているだけだから「女性」首相の訳としては不十分だ。どこかに mujer とかが欲しい。と思ったのだが、検索すると «la primera primera ministra» が出てくるので、例によって予想は外れたわけだ。

気を取り直して別の言い方を探してみると、El País は «la primera mujer al frente del Gobierno» と言っていて、primera の重複を避けている。これはスペイン語の文体感覚として良く分る。他のサイトでも «la primera mujer en liderar el gobierno de Japón» とか «la primera mujer líder de Japón» とか «la primera mujer en ser elegida primera ministra» とか «fue elegida primera ministra de Japón, la primera mujer que lo consigue en la historia del país» とかが見つかる。一方 «la primera mujer primera ministra» という表現も出てきて、和文西訳的にはこのへんが落とし所かなと思う。

ついでに ChatGPT 君に聞いてみたら «la primera mujer primera ministra» という答えが返ってきた。

さて、ちょっと昔話をすると、サッチャー (イギリス初の女性首相) の時は la primer ministro とか la primer ministra とか、結構揺れがあった。Fundéu が2016年に正しいのは la primera ministra だという記事を出しているので、10年前も揺れていたようだ。今はどうなっているのか、高市首相の誕生で例も集めやすくなるかもしれない。

女性形の問題は、文法性を持たない日本語を母語とする者にとって面倒でもあり興味深いテーマだが、上に挙げた El País の記事に «la 104ª primera ministra japonesa» という表現がある。これが「104番目の女性首相」ではなくて「(女性である) 104番目の首相」だということは明らかだが、文脈を離れれば前者の読みも可能性として存在する。実際、イギリスのメイ首相を «la segunda primera ministra británica tras Margaret Thatcher» と呼んだ例が見つかる。以前、女性である「第二子」に対して «el segundo hijo» と言っている例を紹介した (https://vocesenredadas.blogspot.com/2023/08/el-segundo-hijo.html) が、takaichi と 104 で雑に検索した限りでは男性形を使った例は見つからなかった。

まあ面倒だ。

2025年2月8日土曜日

Dineros

Joselero de Morón が、ブレリア («Nació de gitano rico», A Diego el del Gastor, en Morón 所収) の締めで dineros と歌っていると教えてもらった。こんな感じだ。

Ay que te quiero,
te quiero te quiero,
sin interés de ningunos dineros.

カンテでは複数形の -s が聞こえないことも多いが、この例では ningunos があるので間違いない。つまり、単数形ならば ningún dinero になるはずで、音としては ninguno dinero としか聞こえないとしても、これは ningunos dineros だと解釈できるわけだ。

え、dinero って複数形になるの?、と思った人も少くないだろうと思うが、現物があることだし、まあ、なるわけだ。問題はそのなり方だが、今回確認してみてちょっと意外なことがあったので少し報告したい。

僕は dineros と聞くと Antonio Muñoz Molina の Plenilunio を思い出す。その中に dineros が出てくるのだが、分厚い本なので探し出すのは容易ではない。大分前に読んだ小説で、内容もほとんど覚えていない。そう、dineros が出てきたこと以外は。

こういう時はとりあえず検索してみるのが常道。で、なんとこの作品の中身を検索できるサイトが存在した。僕の欲しかった例もすぐに見つかった。

Dice wáter siempre, nunca cuarto de baño, los dineros en vez del dinero, y los huesos de la boca en vez de los dientes, y dice hacer de cuerpo y regoldar y paéres en vez de paredes, qué bestia, parece que se hubiera criado en un cortijo, en una cueva de la sierra. (183)
(https://archive.org/details/plenilunio0000muno)

これは、ある登場人物 (A) の視点で別の登場人物 (B) を語っている場面。Bは年配の男性で、僕のおぼろげな記憶ではAの父親か何かなのだが、AはBを嫌悪している。入れ歯をその辺に置くとかガス代をけちるとかの記述に続いて、言葉遣いのダサさをあげつらう場面だ。歯のことを「口の骨」と言うというのはちょっとびっくりだが、hacer de cuerpo は defecar のこと、regoldar は eructar のことで、この2つは DLE に載っている。一方 paeres (アクセントは要らない) はカンテではお馴染みの形だ。

こういう文脈で dineros を見たので、僕は dineros が社会言語学的にそのように価値付けられた形だとずっと思っていた。今回それを確認しようと思って DPD を見たのだが、非推奨に関する記述どころか dinero という見出し自体がなかった。そこでもう少し検索してみると、RAE がこんなことを言っていることが分ったのだ。

Dudas rápidas
¿Es válido usar «dineros» en plural?
Aunque dinero, como sustantivo no contable, se usa normalmente solo en singular, puede usarse en plural con fines expresivos; por ejemplo, en Hizo sus buenos dineros en ese negocio.
(https://www.rae.es/duda-linguistica/es-valido-usar-dineros-en-plural)

表現上の意図 (fines expresivos) があると複数形になり得るということで、どういう表現上の効果があるのかは書いてないのだが、少なくとも非推奨形と言っていないことは確かだ。

この記事は NGLE の §12.2f を引き合いに出しているので、そっちも見てみる。

se emplea dinero en el español general con plural estilístico, como en Otra modalidad es el financiamiento con dineros del Ministerio (Vasco, Estado), pero su uso como nombre contable (dos dineros, tres dineros) es raro fuera de la lengua medieval: […] peche diez sueldos y tres dineros (Sánchez Valladolid, Crónica). (RAE & ASALE 2009: §12.2f)

一般的なスペイン語で文体的複数形が使われるということだが、どんな文体的効果があるのかは分らない。いずれにせよ、まあ普通のスペイン語のうちという話だ。僕の認識は、そういう意味では偏ったものだったということになる。

あと大事なのは、この場合、複数形ではあるけれど複数性はない、つまり数えていないということだ。可算名詞としての dinero は中世を除けば稀と言っているのはそういうことだ。数える名詞につく ninguno が単数形 (ningún libro) なのに対し、我々の例が複数形 (ningunos dineros) になっているのは、むしろこの形の不可算性を表しているとも言える。

もともと dinero の語源であるラテン語の dēnārius は「10」に関わる意味を持つ形容詞で、硬貨の名前でもあった。そこから「お金」の意味でも使われていたようだ。中世スペインでも dinero という名前の硬貨があったようだ。当然硬貨は数えられる。こういう事情と、「お金」という不可算の概念が絡み合って今に至るということなのだろう。

なお、NGLE は ropa/ropas も同じ箇所で説明している。Ninguno との関係では、No tengo ningunas ganas. における複数形も同様に考えることができる。というわけで、数えない複数形、不可算複数形というワクワクの止らない世界にようこそ。

まあ、教える立場からすると面倒が増えるだけだけど。

  • Real Academia Española & Asociación de Academias de la Lengua Española, 2009. Nueva gramática de la lengua española. https://www.rae.es/gramática/

2025年1月8日水曜日

¿Creer de ...?

ある同業者から聞いた話。彼が担当する授業で、学生が『西和中辞典』の以下の記述をベースに和文西訳をしてきたので面喰ったという。

  • ((de + 人 que + 直説法 〈人〉を・・・であると)) みなす。
    (1) Creo de Juan que es muy aplicado. 私はフアンをとても勤勉だと思っています。
    (高垣ほか 2007: s. v. creer)

例によって、辞書にはない例文番号を振っておいたが、うーん、見れば言っていることは分るが、僕には思いつかない言い回しだし、別に学生に書いて欲しいパタンではない。上の語義は5番目 (他動詞として最後) のもので、その学生はちゃんと辞書を読んだわけなので褒めるとして、もっと初歩的な、たとえば Creo que Juan es muy aplicado. がサラッと出てくるように指導したいところだ。

その指導方法は追い追い考えることにして、今関心を引くのは、この (僕にとっては) 見慣れない構文が辞書の語義として採用されていることだ。まず実例が欲しいので RAE のコーパス (CORPES XXI) で、以下の条件で検索してみる。

  • Lema: creer
  • Forma: de (distancia 1, derecha)
  • Forma: que (intervalo 5, derecha)

結果は269例。しかし『中辞典』が説明しているパタンのものは無かった。やはり頻度は低そうだ。

そこでパタンを分解して «de + 人» だけに注目 (que の機能は無視) すると、6例が当てはまった。

  • (2) Si cree de mí lo que dice, no puede quererme.
  • (3) Qué más da lo que crean de ti,
  • (4) ¿Qué te has llegado a creer de mí?
  • (5) ¿qué crees ahora ya / a los veintiocho creo / de la gente que viene ahora de diecisiete / de quince?
  • (6) Es curioso cómo muchas mujeres admiramos a nuestro marido según su comportamiento, creemos de él cosas que no se ajustan a la realidad, idealizamos una imagen que no es verdadera.
  • (7) Nuestro humanismo será una conquista heroica pues deberá partir de menoscero. De lo que Europa hizo y nos llevó a creer de nosotros. Que éramos bárbaros, seres ajenos a la cultura.

なお (5) は creo de la gente と読むのではなくて qué crees ... de la gente で、gente の後の que は関係代名詞。

従って、creer の直接目的語になるのは:

  • lo que ...: (2, 3, 7)
  • qué: (4, 5)
  • cosas que... (6)

だ。(7) については、文法的には Europa の直前にある lo que が直接目的語だが、その内容が次の文 Que éramos... で説明されている。なので、『中辞典』のパタンに一番近いとは言える。

結局、これは『中辞典』が示しているよりも一般的な

  • creer de A B (A について B と思う・信じる)

というパタンで、直接目的語の B の部分がたまたま名詞節なのが (1) の Juan の例だということなのではないか。だとすると、直訳は「私はフアンについて彼はとても勤勉だと思う」になり、別に語義として立てる必要もなくなるのではないか。(4) が再帰の creerse になっているのも、creer の普通の使い方「思う」が再帰の「思い込む」になっただけだと考えれば、特別な説明は要らなくなる。さらに、(6) の訳は「思う」より「信じる」が良さそうで、「思う」と「信じる」を別の語義だとすれば、この de A は creer(se) の特定の語義に限らず、と言うか、creer(se) に限らず見られる「について」であるに過ぎないのではないだろうか。

さて、他の辞書はどうか。

  • [判断] ・・・だと思う:
    ...
    iv) [+ de]
    (8) De ellos ella cree cualquier barbaridad.
    彼女は彼らならどんな無茶でもやりかねないと思っている
    (宮城ほか 1999: s. v. creer)

パッと見、訳としては「彼らについて彼女はどんな出鱈目なこと (を聞いて) も信じる」ぐらいが適切かなと思うが、文脈が分らないので何とも言えない。僕の学習者とてしての勘が正しければ、(8) は (6) と同じパタンだが、辞書の訳が適切なのだとしたら、何を根拠に「やりかねない」を補ったのかは僕の理解を超える。

『中辞典』にせよ『現代』にせよ、僕から見れば不思議な記述をしているわけだが、元ネタは例によって Moliner だ。

  1. Aceptar alguien como verdad una cosa cuyo conocimiento no tiene por propia experiencia, sino que le es comunicado por otros: [...]
  2. («en») *Pensar que cierta cosa es buena o eficaz: [...]
  3. «*Juzgar». Creer de algo o alguien que es cierta cosa que se expresa con un adjetivo o con un nombre: ’No le creo tan inteligente como dicen. Cree virtud lo que es comodidad. Creo deber mío advertírselo’. (Puede expresarse lo mismo con una oración no atributiva, con un complemento con «de»: ’
    (9) Creo de él que es sincero.
    (10) Creo de mi deber advertírselo’.)
    (Moliner 1981: s. v. creer)

Moliner は「信じる」と「思う」を語義としては分けていないが、「判断する (juzgar)」は別立てにしている。これはきっと構文の問題で、直接目的語を補語 (属詞) だと判断するという、いわゆる SVOC のパタンを取るからだろう。

それはそれで良いのだが、カッコの中がぶっ飛んでいる。同じことが非属詞的文と de ... で表現できる、と言うのだ。「非属詞的文 oración no atributiva」は、多分 SVOC の C じゃないということだと思うので、構文的には異るが言ってることは同じということなのだろう。例 (9)、『中辞典』のやつと同型の Creo de él que es sincero は、「彼について正直だと思う」で良いはずだが、Lo creo sincero と同じことだと Moliner は言うわけだ。『中辞典』はこれに乗っかっていることになる。

ここまでは、まあ良い。しかし、次の例 (10) Creo de mi deber advertírselo は、ここに置かれているのだから Lo (= mi deber) creo advertírselo にならなければいけないはずだが、ならないでしょ。これはむしろ逆で、カッコの前にある例と同様の普通の SVOC パタンだ。つまり Lo (= advertírselo) creo de mi deber とか Creo que es de mi deber advertírselo で言い換えられる内容だろう。

なお es de mi deber + inf. は CORPES XXI では出てこないが、CDH では19世紀の例が4つ見つかる。

  • (11) es de mi deber dar cuenta á los Representantes de aquella Nacion (1826)
  • (12) tanto como Juez de Israel, cuanto como hermano caritativo del hombre es de mi deber separar a Romea del terreno de la causa en cuanto a matrimonio (1854)
  • (13) y es de mi deber hablarte de él. (1867)
  • (14) y yo creo que es de mi deber acompañarle. (1869)

Google 検索でも出てくるので、現代でも一応使われていることは分る。

Creo de mi deber + inf. 自体は CORPES で1例、CDH で18例出てきた (やはり19世紀のが多い)。CORPES の例は古いテクストの引用だ。

  • (15) V. E. está muy mal... creo de mi deber decirle que disponga lo que crea conveniente

Lo creo de mi deber は CORPES にも CDH にもなかったが、Googleでは見つかる。とは言え、まず出てくるのが Juan Valera (1824-1905) の文章なので、やはり古い。

  • (16) a pesar del profundísimo respeto que V. E. me inspira, me atrevo a decirle, porque lo creo de mi deber, que el antiguo cocinero lo estaba engañando (uv.mx)

ということは、de mi deber が古い表現なので Moliner が分析を間違えたということなのだろうか。良く分らないが、いずれにせよこの de は (9) の de él の de とは異ることは示せたと思う。

Moliner の批判にスペースを取られたが、話を戻すと、creer de A que ind. という「構文」を措定する意味は無いし、それを一般化した creer de A B も特に取り上げる必要はない。「について」の de がたまたま creer と一緒に現れただけだと思えばよい。そう言えば『スペイン語大辞典』にはそういう語義も例文もない。適切な判断だと思う。

  • 宮城昇ほか (編), 1999. 『現代スペイン語辞典』改訂版, 白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)
  • Moliner, María, 1981, Diccionario de uso del español, reimpresión, Gredos (primera edición 1966-67).
  • Real Academia Española: Banco de datos (CORPES XXI) [en línea]. Corpus del Español del Siglo XXI (CORPES). <http://www.rae.es> [2025/01/07]
  • Real Academia Española (2013): Corpus del Diccionario histórico de la lengua española (CDH) [en linea]. <https://apps.rae.es/CNDHE> [2025/01/08]
  • 高垣敏博 (監修), 2007. 『西和中辞典』第2版, 小学館. (iOS version, 物書堂)
  • 山田善郎ほか (監修), 2015. 『スペイン語大辞典』白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)