2026年1月1日木曜日

Pudrir o podrir

随分前 (今確認したら2013年) に動詞の活用形を生成するプログラムを Ruby で書いた。Moodle に練習問題を上げたり、小テストなどの準備に使ったり、日常業務の遂行のために無いと困るツールとなった。2025年3月に退職して、仕事で使うことはなくなるだろうと思っていたが、たまたま某大学の非常勤で初級スペイン語を教えることになり、また利用している。

さて、このプログラムは「小テストを作るために取り敢えず動くものを急ごしらえで作った (川上 2013: 65)」もので、不十分な点がいくつかある。例えば erguir の直説法現在1人称単数形には yergo と irgo の2形があるが、とりあえず yergo しか出てこない。つまり、複数の形式が「正しい形」として認められている場合でも、1つの形しか生成できないのだ。ちなみに erguir は語根母音変化動詞だが、e が ie になるパタン (yergo) と e が i になるパタン (irgo) が併存していて、母音変化が関係するすべての活用形において両方のパタンが生きている。なお、DLE では両方の形が並記されているが、NGLE は ye のパタンのみを表に入れ、注で «Son poco usadas, pero correctas igualmente las formas irgo (RAE & ASALE 2025: §4.15, 33)» としている。

まあ、初級の授業をやっている限りでは特に不自由はないのだが、この冬休み、思い立ってプログラムの改良に着手し、複数形式の生成に対応した。基本的には NGLE のモデルに挙げられているものを DLE で確認しのだが、前述の erguir (33) の他に placer (48), yacer (71) などがあてはまる。Placer は直説法単純過去と接続法過去の3人称単数形で、規則的な plació, placiera/-se の他に plugo, pluguiera/-se がある (NGLE の表は pluguiera/-se の置きどころが変なので DLE に従う)。Yacer は直説法現在1人称単数形が yazco, yasgo, yago の3つ。これに対応して接続法現在と命令形も複数の形式を持つ。

もう1つ、タイトルに挙げた pudrir と podrir が複雑な問題を提供する。NGLE は pudrir/podrir として1つの表 (54) で扱っている。で、たとえば不定詞は pudrir o podrir で、直説法単純過去は pudrí o podrí, pudriste o podriste, pudrió o podrió, pudrimos o podrimos, pudristeis o podristeis, pudieron o podieron となっている。つまり pudrir の直説法単純過去1人称複数形も podrir のそれも pudrimos と podrimos の2つで、pudrimos の不定詞も podrir の不定詞も pudrir と podrir の2つということだ。

このプログラムは取り敢えず、たとえば hablamos が hablar の直説法現在または単純過去であるとか sienta が sentar の直説法現在あるいは sentir の接続法現在というような、活用形から複数の可能性を導き出すことはできない。なので pudrimos から pudrir と podrir の両方を示すことは当面諦めて、pudrir と podrir を別のエントリーで扱うことにした。ただし、生成する活用形は完全に同一だ。というわけで、pudrir と podrir はそれぞれ erguir や yacer と同じように振る舞うことになった。

のでプログラム改良は取り敢えず一段落なのだが、ひとつ大変なことに気付いたのだ。僕は今までずっと、接続法過去形は直説法単純過去 (点過去) の3人称複数形を元に作ることができ、その意味で不規則は無いと言ってきた。今行っている非常勤先で使っている教科書にも同じ趣旨の記述がある。ならば pudrir/podrir の直説法単純過去3人称複数形 pudrieron, podrieron から接続法過去 pudriera/-se, podriera/-se が作れるはずだが、NGLEDLE も pudriera/-se 系の形しか挙げていない。つまり pudrieron から作ることはできるが podrieron からは駄目なわけで、これはある種の不規則に他ならない。従って、僕は30年以上にわたって事実と異なることを教室で言い続けていたことになる。分った上で隠していたわけではなく、この例を認識していなかったので、けっこうショックだ。

さて、pudrir/podrir のこの不規則性に僕が気付いていなかったのは単なる不勉強のせいとは言い切れない (不勉強なのは確かだが)。『西和中辞典』のアプリ版は pudrir の全活用形を挙げているが、過去分詞が podrido であること以外は規則的な形しか載っていない。Podrir については過去分詞 podrido のみ記載されている。『現代スペイン語辞典』と『スペイン語大辞典』はどちらも、pudrir の項で過去分詞を podrido とし、podrir の項では「不定詞・過去分詞としてのみ」としている。つまり、pudrir は過去分詞だけが podrir から持って来たような不規則形で、podrir は不定詞と過去分詞しかない欠如動詞というわけだ。

この扱いの元になったであろう記述は Esbozo に見つかる: «A diferencia de e/i (I), la variación o/u (II) no aparece nunca sola, sino concurriendo siempre con o/ue (IV). Los antiguos verbos en -o-ir con variación o/u han adoptado la vocal -u- en todas las formas, a diferencia de los en -e-ir con variación e/i. Contrasta hoy, por eso, la flexión de mido ... medimos ... miden con la de subo ... subimos (ant. sobimos)... suben. Solo el verbo pudrir conserva de una manera muy incompleta la antigua variación, por su infinitivo podrir (muy frecuente en América), que alterna con pudrir, y por su participio podrido, la única forma que se ha salvado hasta ahora de la nivelación vocálica (RAE 1973: §2.12.3, p. 288, fn. 68)».

どういうことかと言うと、pudrir/podrir や subir は medir が e/i の母音交替をするのと同様に o/u の交替があったのだが、結局 u に統一された (podrir と podrido を除く) という話だ。端折って説明すると、medir はラテン語に遡れば mētior で、長い ē はカスティーリャ語では基本的に e になるが、直説法現在1人称単数形では、後ろの音節に生じた yod のせいで -e- が -i- になり、e/i の交替につながった (RAE 1973: §2.12.3, p. 276, fn. 10)。Subir の元になった sŭbeō も pudrir/podrir の元になった pŭtreō も短い ŭ を持つので、これはカスティーリャ語で o になるはずのところ yod の影響で -u- になって o/u の交替につながる。しかし、e/i の交替が現代まで続いているのに対し、o/u の交替は -u- に揃うことで消滅した。とは言え -u- への統一は完全ではなく、podrir と podrido は残り、不定詞は pudrir/podrir の併存、過去分詞は podrido だけという状況に到ったというわけだ。

これが1973年当時の RAE の見解で、日本の辞書も恐らくそれに従っている。しかし、その後の研究の進展で podr- 系の形が生き残っていることが確認されたのだろう。NGLE は2009年の初版から直説法現在の1・2人称複数と直説法のその他の時制すべて、そして命令法の vos, vosotros/as (言い換えれば直説法と命令法において語根にアクセントがない場合すべて) について pudr- と podr- を並記している。表に付けられた注では «En español culto europeo predominan las formas en -u- en toda la conjugación, con la excepción del participio. En la norma culta americana también se prefieren las formas en -u-, pero se registran igualmente las variantes con -o- (RAE & ASALE 2025: §§4.15, 54)» としていて、podr- 系が主にラテンアメリカに見られるということが分る。

注意すべきなのは、pudrir/podrir における o-u の併存は、medir などに見られる e/i の交替と大きく分布が異なるということだ。通時的な観点からは、ある時期まで medir と subir, pudrir/podrir は同じメカニズムに乗って変化したと言えるかもしれないが、その後辿った道が異なるように、現在の medir と pudrir/podrir は完全に異なるパタンに従っているのだ。

そういうことで、これからは接続法過去形の作り方を説明するときは「不規則は無いと考えといて問題ない」とか言うことにしたい。

  • 川上茂信, 2013, 「Moodle に対応したスペイン語動詞活用形生成プログラムの開発」, 『東京外国語大学論集』87, 63-82. https://tufs.repo.nii.ac.jp/records/6536
  • 宮城昇ほか (編), 1999. 『現代スペイン語辞典』改訂版, 白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)
  • RAE, 1973, Esbozo de una nueva gramática de la lengua española.
  • RAE & ASALE, 2009, Nueva gramática de la lengua española.
  • RAE & ASALE, 2025, Nueva gramática de la lengua española, edición revisada y ampliada. (versión Kobo)
  • RAE, Diccionario de la lengua española, 23.ª ed., [versión 23.8.1 en línea]. <https://dle.rae.es> [2025/12/31].
  • 高垣敏博 (監修), 2007. 『西和中辞典』第2版, 小学館. (iOS version, 物書堂)
  • 山田善郎ほか (監修), 2015. 『スペイン語大辞典』白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)

*ラテン語の長音記号を付加 (2026/01/03)