2018年12月24日月曜日

Sino

学校で外国語としてスペイン語を習った人にとっては大して難しくない (はずだ) けれども、ネイティブには結構厄介な問題というのがあって、そのひとつが sino と si no の使い分けだ。例えば: «Vázquez de Sola insiste, que en las conversaciones que mantuvo con Matrona se encontró a un personaje no de izquierdas, si no muy de izquierdas (Pinilla 2011: 33)».

まず insiste の後のコンマは余計なので無視して読んでもらうとして、Vázquez de Sola が言うには、Pepe el de la Matrona と話をしてみると、Pepe が左翼の人間、なんて程度ではなくてバリバリの左翼だということが分かった、と読むとスッキリする。しかし、そのためには si no ではなくて sino にしないといけない。一方、仮に personaje のあとの no がないとすると、si no のままで「すごく左というわけではないとしても、左の人」という読みが可能になると思うので、僕はこの文末で「あれ、no があると思ったのは錯覚だったのか」と思って目が後戻りしてしまった。しかし、ちゃんと no はあった。実際 no X, sino muy X というパタンは結構目にする。この程度のスペースに惑わされるのでは、まだまだ修行が足りない。

ちなみに、この著者は次のページでも sino であるべき si no を使っている: «Efectivamente el hecho de se de izquierdas o republicano en el mundo del flamenco no constituyó un motivo de enaltecimiento hacia estas figuras, si no más bien todo lo contrario (idem: 34)». こっちは一発で分かった。

Sino は1語として綴られて接続詞ということになっているが、si と no がくっついて出来たものだ。意味の違いがあるので si no とは別の独立した語とみなすことに無理はないが、もうひとつ、発音上の違いもある。スペイン語の接続詞は大抵無強勢語で、sino もその中に入る (RAE & ASALE 2011: §9.3a)。それに対し、接続詞の si は無強勢だが副詞の no には強勢がある。そうなると sino más は [sino'mas] だが si no más は [si'no 'mas] ということになる。つまり、聞いて違いが分かるはずなのだ。

とは言え、それは規範の話。と言うか記述伝統の話。実際、sino が sinó のように発音されることがあるように僕には聞こえる。周りの言語、カタルーニャ語では sinó, ガリシア語では senón, アストゥリアス語では sinón で、どれも強勢語のように見える (カタルーニャ語の場合 ó は無強勢音節に現れないので強勢があると言える。ガリシア語については Regueira の辞書で強勢ありを確認した。アストゥリアス語については確証はないが、non に強勢があることは確実で、sinón も多分)。スペイン語では、もともと強勢のあった no が無強勢化して sino という1語になったわけだが、この無強勢化のプロセスが本当に完遂しているのかどうか、疑ってみる価値はある (既に記述があったら教えてください)。

この sino は対比的な焦点情報を導入するので、強めに発音したくなることがある。また、単独で発音するときには無強勢というわけにもいかないので、どちらかの音節に強勢を置いて発音せざるを得ない。普段の喋りなら、なるようになった発音でやれば良いのでそうしているが、教室で説明をしながらの場合、いつも迷う。気分的には sinó の方が落ち着くのだが、それを学習者の前でやっていいのか。と考えるときにいつも思い出すのは、随分前にスペインでテレビを見ていた時のこと。内容は全然覚えていないのだが、Carlos Fuentes が出演して喋っていた。そして彼は確かに正書法から予想される ['sino] という発音をしていたのだった。それが印象に残っているということは、やはり僕の経験が [sino] でなければ [si'no] に傾いているということなのかも知れない。
  • Pinilla, Juan, 2011, Las voces que no callaron: flamenco y revolución, Atrapasueños.
  • RAE & ASALE, 2011, Nueva gramática de la lengua española. Fonética y fonología, Espasa.
  • Regueira, Xosé Luís (dir.), Dicionario de pronuncia da lingua galega, Instituto da Lingua Galega. http://ilg.usc.es/pronuncia [Consultado: 2018/12/24]