2018年12月15日土曜日

Ajillo

少し前のことになるが、とある食べ物屋でこんなメニューに出会った。



アヒージョが何語から来ているのかさえ忘れられて日本語の中に定着したことを示唆する現象だと考えれば喜ばしくはあるが、まあでも、よして欲しいと思う。しかも、実は ahijo を ajillo に直したとしても、あまりよろしくないのだ。

アカデミアの辞書では ajillo は «Especie de salsa hecha de ajo y otros ingredientes» で、つまりはソースの一種 (という定義が良いのかどうか、食べ物に詳しくない僕には分からないが、とりあえず)。なので ajillo with shrimp and potato は「ガーリックソースのスペイン風、小海老と大地の林檎添え」と訳せば偽フランス料理風の高級感が出せるかもしれない。しかし、そのソースをかける本体は何? ということになる。

いわゆるエビのアヒージョは gambas al ajillo と言う。これは gambas a la sal とか gambas a la plancha / al horno とかと同様に、料理本体となる材料に調理法が続く、「核+修飾語」という構造になっている。ところが、つい最近、ある教科書に un ajillo de gambas という表現が載っているのを発見してしまった。こりゃだめでしょ、と思ったのだが、自分の判断が少し不安になったので googlea ってみた。その結果 «gambas al ajillo» が約1190000件だったのに対して «un ajillo de gambas» は約4件。圧倒的な差だ。存在はしているので、言語学的記述としてこの事実を記録する必要はあるが、学習の観点からは無視できる。当然、わざわざ教科書に載せる理由はない。また、僕が尋ねた2人のスペイン語ネイティブは、un ajillo de gambas なんて言わないという反応だった。

ちなみに un を外して «ajillo de gambas» で検索してみると約155件に増える。興味深いことに «coliflor al ajillo de gambas» とか «espaguetis al ajillo de gambas, almejas y alcaparras» のように、ソースの材料にエビを使っていると読めそうな例があり、そうでない例の中では «ajillo de gambas y bogavante» のように de の後に複数の物が続くものが注意を引く (もちろん de gambas で終わりの例もある)。これをどう分析すべきか今のところ見当もつかないが、ネイティブ話者からは、こういうのは新しい料理だろうという示唆をもらった。したがって ajillo de gambas が ensalada de gambas のような「料理の種類 de 材料」のパタンに合わせて受け入れられていく (ajillo の定義が変わっていく) 可能性を考える余地はあるだろう。

修飾語
材料a + art.調理法
料理の種類de材料

繰り返しになるが、どちらのタイプも核が前・従属部が後というスペイン語の基本的な語順にしたがっている。それに対し、日本語の「エビのアヒージョ」は「若鶏の香味ソース」と同じ(日本語としては些か据わりの悪い)翻訳パタンとして成立したものが「若鶏の唐揚げ」パタンに再解釈されたのだろう。その結果「アヒージョ」が単体でも使えるようになったのだと考えられる。この癖をスペイン語に持ち込むのは (少なくとも今のところは) 危険だ。Ajillo と「アヒージョ」は falsos amigos なのだ。