2013年4月6日土曜日

つるかめ


くしゃみをした人にたいして、スペイン語では Jesús とか Salud とか声をかける。日本語では何と言うのかと聞かれて、その場にいた日本人と日本語のできるスペイン人の一致した見解としては「何も言わない」ということになった。西和辞典で jesús や salud を引くと「お大事に」という訳が出ているが、これはあくまで訳例であって、くしゃみという状況における日本語話者の典型的な言語行動を記述しているわけではない。西和で hola を引いたら「やあ」が出てくるが、人に会ったときに「やあ」という日本語話者はどのくらいいるのだろうか。それと同じことだ。くしゃみに対して間髪を入れずに「お大事に」と言う例がないとは断言できないが、普通ではないだろう。少なくとも僕は何も言わない。そういう言語習慣を持っていないから、スペイン語で jesús と言う場合でも、ネイティブのタイミングよりも一呼吸か二呼吸遅れる。

ところが、白水社の『和西辞典』(改訂版、随分前の電子辞書版)には「つるかめ」という見出しがあって、その中の「〜〜」つまり「つるかめつるかめ」の説明が「[くしゃみをした人に] ¡Jesús! / ¡Salud!」となっている。なんだ、我々日本語話者もちゃんとくしゃみ対応表現を持っているではないか。とは言え、僕は実際に聞いた記憶はないし、僕が尋ねた日本語話者も知らないという。「くしゃみ」のもとになった「くさめ」がくしゃみをしたときに唱える呪文だったようなので、何か言う習慣は確かに存在していたのだろうが、「く(っ)さめく(っ)さめ」にせよ「つるかめつるかめ」にせよ、今では多くの人の日常言語行動のレパートリーには含まれないということだ。むしろ、和西辞典に「つるかめ」という見出し語(「つる」の中ではない)があることの方が興味を引く。どういう経緯でこの項目が選ばれたのか、誰がこれを書いたのか。そして、これを書いた人は普段「つるかめつるかめ」と言っているのか。