2025年1月1日水曜日

Se trata de tratarse

学生に tratarse de (se trata de ...) の使い方を解説すべき事態になったのだが、(久し振りに) 記事にした方が良いと思われたので、今これを書いている。

まずは、以下のテクストを日本語に訳してみよう (上記の事態とは無関係な例文を選んだ)。

Determinar de manera axiomática si el fandango de África Vázquez es el que grabó el Mochuelo es andar por a cuerda floja con temor a caerse. Sin embargo, las sospechas fundadas de que así sea nos pueden llevar a dar por válido que aún sin saberlo con rotundidad, sí podamos afirmar que se trata de un cante nacido y criado en Granada aunque registrado por un sevillano (Conde 2018: 123r)

África Vázquez (1864/65-??) は Granada 県 La Peza で生れた歌い手で、彼女が作ったファンダンゴ (本人の録音は無い) について、Sevilla 生れの Mochuelo (1871-1936/37?) が録音した物かそれかどうか、確証はないが、まあそうだと言っていいんじゃないかみたいなことだ。フラメンコ研究ではよくある話で、誰それのファンダンゴとか誰それのソレア (シギリジャ、マラゲニャ、・・・) とか、沢山あるのだが、たとえばそのメロディーを本当にその誰それが作ったのか、誰それ本人の録音が無い場合、断言できない。で、間接証拠 (sospechas fundadas) を元に推測することになるわけだ。

なので、超絶慎重な言い回しを尊重して訳してみると、「アフリカ・バスケスのファンダンゴがモチュエロの録音したものなのかどうか議論の余地なく決定するのは、落ちる心配をしながら綱渡りをするようなものだ。しかし、そうであるという根拠のある疑いが、決定的には分らないとはいえ、以下のように断言できることが妥当だと判断することを可能にする: セビジャ生れの歌い手によって録音されたとはいえ、se trata de グラナダで生れ育ったカンテ」ぐらいになるだろうか。

さて se trata de だが、文脈から判断して「~だ」と訳せると考えることが妥当だと判断した人が多いと予想することが可能だと思うことに無理はないように見えるのではなかろうか。そして、それは DPD の次の記述によって根拠づけることができるだろう。

En forma pronominal y seguido de un complemento con de, se emplea como impersonal ―siempre en tercera persona del singular―, con sentido equivalente a ser, refiriéndose a algo anteriormente mencionado (DPD, s. v. tratar)

つまり tratarse de が ser と同等の意味で使われるという話だ。DPD の記述は、これは非人称なので3人称複数にしたり、明示的な主語を付けたりしないでね、と続くのだが、ser なら「AはBだ」だろうに tratarse de は非人称で無主語だから「Bだ」しか表さない。そこで効いてくるのが「前に言及された何かについて」という部分だ。その「何か」つまり前の文脈にある「それ」が「Aは」に相当するわけだ。我々の例で言えば、モチュエロが録音したアフリカ・バスケスのファンダンゴ (という確証はないが、とにかく「それ」) のことだ。

ところが、僕が普段使っている日本の辞書には ser 相当という説明が載っていないのだ。学習者が上手く訳せないのも無理はない。僕は自力で読めるようになるまで随分年数がかかった。DPD の記述を見つけて「これは学生に対する説明に使える」と思ったのは割と最近のことだ。

では、それらの辞書 (『西和中辞典』『スペイン語大辞典』『現代スペイン語辞典』) の記述を確認してみよう。
  • 3人称単数で 《de + 名詞 / de + 不定詞 / de que + 直説法・・・について》扱う、取り上げる; 問題は・・・である。
    (1) ¿De qué se trata? 何の話ですか。
    (2) Se trata de que las cifras de la investigación son erróneas. 問題はその調査の数値が間違っていることです。
    (3) No se trata de eso. そういう問題じゃない。
    (高垣ほか 2007: s. v. tratar)
  • [3人称のみ。+ de] 話 (問題) は…である:
    (4) ¿De qué se trata? 何の話ですか?
    (5) Se trataba de un viaje. 話はある旅行についてだった。
    (6) Se trata de encontrar una solución. 要は解決法を見い出すことだ。
    (7) Si solo se trata de eso, no hay peligro. それだけのことなら危険はない。
    (8) Desde lejos no pude adivinar que se trataba de Juan. 私は遠くからではそれがフワンかどうか見分けがつかなかった
    (山田ほか 2015: s. v. tratar)
『現代スペイン語辞典』の記述は solo にアクセントがあること以外は『スペイン語大辞典』と同じなので省略 (一応別の辞書なんだけど、良いんだろうか)。また、例文には出典にはない番号を振っておいた。

『中辞典』の「扱う、取り上げる」は、我々の文脈には合わない。問題は「問題は・・・である」である。学習者 (かつての僕) はこれに飛びつくのだが、これはダメだ。「問題は・・・グラナダで生まれ育ったファンダンゴだ」では何の話なのか分らなくなる。『大辞典』の「話は」も、そのままでは使えない。

例文の訳も検討しよう。(1, 4) は一見良さそうだが、「何 (のこと) ですか」の方が適切な場面がありそうだ。(2) の訳を適切だと思う人は多いかもしれないが、この例文は罪深い。ここの「問題は」は、直すべき、解決すべき問題 (problema) のように読めるが、それは que 以下の内容がたまたまそうだからであって、tratare de の責任ではない。Tratarse de が「問題は」で訳せる場合があるとすれば、前の文脈で出てきた、今テクスト上で扱っている・問題にしている、という意味であって、それが困ったことだとか解決しなきゃいけないとか問題点だとかいうことではない。従って (2) の訳としては「その調査の数値が間違っているということです」の方が良い。なお、『中辞典』は de que + 直説法という記述をしていて、これ自体は問題ないのだが、de que + 接続法もあることを追記した方がよい (個人的な印象では接続法の方が馴染がある)。直説法の場合が「ということ」を事実として報告するのに対して、接続法では「ということ」が概念として提示される。場合によっては「べき」とか「ように (したい)」みたいに訳すことも可能だろう。一応例を挙げておく。

Al final de la sesión de lectura individual, se pueden leer fragmentos cortos o algún cuento breve que nos hayan producido una emoción especial. Lo puede hacer el profesor y cualquiera de los alumnos, de forma que se favorezca el diálogo de los libros entre sí. En este mismo sentido, se puede abrir un espacio para comentar o recomendar algún libro que se esté leyendo. Se trata de que los lectores cuenten voluntariamente sus sensaciones e impresiones sobre un libro leído que haya sido de su agrado. A determinadas edades, las recomendaciones que hacen los compañeros suelen ser mejor acogidas que las que hacen los profesores. (RAE: CORPES XXI, Esp. 2001)

例文 (3) は、まあそう訳せる文脈もありそうだが、「そう (いうこと) じゃない」の方が適用範囲が広いだろう。

『大辞典』の例文 (4-8) には「問題」が使われていないので問題が少ない。だが「話」が嵌らない文脈は多いので、説明としては五十歩百歩だ。例文を読まずに最初の訳語だけを見てすます学習者が多いことを考えれば、例文の訳をいくら工夫しても報われない可能性が高い。(5) は「話は・・・についてだった」と訳していて、それが適切な文脈もあるだろうが、我々の関心からすれば「(それは)旅行なのだった」ぐらいの訳が欲しい。(6) は tratarse de + 不定詞の例だが、接続法の場合と同様「ということ」が概念として提示されていると考えてよい。ここで「要は」が提示された概念の「べき」的解釈の結果出てきた訳なのか、前文脈を受けた「要するに」なのか、いずれにせよこの訳は「あり」だ。もちろん tratarse de + inf. が常に「要は」で訳せるとは限らない。

(7) には tratarse de に明示的に対応する訳語がない。これは正に tratarse de の適切な訳だ。この訳を学習者が見ない低くない可能性を考えると、本当にもったいない。最初の「話 (問題) は…である」を「…である」にしてくれれば良かったのに、と思う。(8) では「それが」が補われていて、(5) で要望したことが実現されている。これも有り得る訳だ。ただし、「フワンかどうか見分けがつかなかった」よりは「フアンだということが分らなかった」の方が良いのではないだろうか。

さて、類似の表現を持つ他の言語についても見てみよう。最初はポルトガル語。

  • [非人称的に。+ de] 問題は…である、ここで扱うのは…である、それは…である:
    (9) É um assunto delicado. Trata-se da questão racial. 微妙なテーマだ、つまり人種問題のことである。
    (10) De que se trata? 何のことですか?
    (池上ほか 2005: s. v. tratar)

ここでも「問題は」が出てくるが、注目すべきは「それは…である」だ。例文 (9) も「つまり」で前文脈を承けている。いいじゃないか。

イタリア語。

  • 非人称動 ((si tratta di の形で))
    1. ・・・である、・・・のことである; 大切である
      (11) Di che cosa si tratta? 何のことですか
      (12) Non si tratta di uno scherzo. 冗談ではない
      (13) Non si tratta solo di parlare, ma di agire. 話すだけでなく行動が大事だ。
    2. ・・・にかかわる; 危うくなっている
      (14) Si tratta di vita o di morte. それは生死にかかわる問題だ
      (15) Si trattava del suo onore. 彼の名誉がかかっていた。
    (池田ほか 1999: s. v. trattare)

まず出てくるのが「・・・である」だ。そういうことだ。

フランス語。

  • s’agir ((非人称構文で))
    1. ((il s’agit de qn/qc)) …が問題である、…に関することである; (本や講演などで) …が主題である、取り上げられている
      (16) J’ai des ennuis; il s’agit de mon fils Pierre. 困ってるんだ。息子のピエールのことなのだが
      (17) Lisez cet article: il s’agit de votre dernie livre. この記事をお読みなさい、あなたの新しい本が取り上げられていますよ
    2. ((il s’agit de qc)) (★qc は一般に不定冠詞付きの名詞) ((先行する内容を受けての説明)) それは…である、それは…に相当する […を意味する]
      (18) Le gouvernement a décidé de voter ce projet de loi: il s’agissait d’un choix épineux. 政府はその法案を採択することに決めた、それは難しい選択であった
    3. ((il s’agit de 不定詞; il s’agit que 接続法)) …することが重要 [必要] である、…しなければならない
      (19) Il s’agit de parvenir à un accord. 合意に逹することが肝要なのだ
      (20) Il s’agit que vous soyez prudent sur ce point. あなたはこの点について慎重でなければいけない
      (21) Il ne s’agi plus de discuter. もう議論をしている場合ではない
    (倉方ほか 2010: s. v. agir)

こちらは「問題」が最初に出てくる。例文 (16) はその問題が前文脈に属すことを示唆しているが、学習者がそれに気付く可能性は低い。だが、2番目の語義で「先行する内容を受けての説明」という DPD の記述と同様の説明がされている。これは大いに評価できる。

というわけで、葡伊仏とも、2冊の西和辞典よりも良い記述をしていることが分った。スペイン語も頑張らないとね。

  • Conde González-Carrascosa, Antonio, 2018. De Graná, granaína. Diputación de Granada.
  • 池田廉ほか (編), 1999. 『伊和中辞典』第2版, 小学館. (iOS version, 物書堂)
  • 池上岑夫ほか (編), 2005. 『現代ポルトガル語辞典』改訂版, 白水社. (iOS version, 物書堂)
  • 倉方秀憲ほか (編), 2010. 『プチ・ロワイヤル仏和辞典』第4版, 旺文社. (iOS version, 物書堂)
  • 宮城昇ほか (編), 1999. 『現代スペイン語辞典』改訂版, 白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)
  • Real Academia Española: Banco de datos (CORPES XXI) [en línea]. Corpus del Español del Siglo XXI (CORPES). <http://www.rae.es> [2025/01/01]
  • Real Academia Española y Asociación de Academias de la Lengua Española: Diccionario panhispánico de dudas (DPD) [en línea], https://www.rae.es/dpd/tratar, 2.ª edición (versión provisional). [2024/12/31]
  • 高垣敏博 (監修), 2007. 『西和中辞典』第2版, 小学館. (iOS version, 物書堂)
  • 山田善郎ほか (監修), 2015. 『スペイン語大辞典』白水社. (iOS version, ロゴヴィスタ)